22年10月1日に79歳で亡くなった、元プロレスラーで参議院議員のアントニオ猪木さんの真に迫るドキュメンタリー映画「アントニオ猪木をさがして」(和田圭介、三原光尋監督)が、猪木さんが設立した新日本プロレス創立50周年記念企画として製作され、没後1年を経た10月6日に全国公開が決定したことが11日、分かった。
「アントニオ猪木をさがして」は、「馬鹿になれ!」「元気ですか~!」など猪木さんの発した言葉の数々を切り口に一体、どんな人物だったのか、いかなる“存在”だったのかに迫る。鋭意制作中で、完成に先駆けてティザービジュアルと30秒の特報映像が解禁された。
株式会社猪木元気工場の湯川剛氏は「昨年夏、闘病中の猪木さんに生きる希望も含め“猪木の映画”を話しました。目を細めたうれしそうな顔が今もよみがえります」と、猪木さんに生前、映画の製作を伝えたと明かした。そして「その後、新日本プロレスさんに『創立50周年記念事業』を提案して受け入れてくれました。今回の映画の実現には新日本プロレスさんやアミューズさんや多くの皆さんの協力なしでは実現出来ませんでした。この映画作りから『猪木は多くの人から愛されている』と改めて実感しました」と製作の経緯を説明した。
筒井竜平プロデューサーは「『アントニオ猪木の映画を作りたいんです!』事の発端は、2022年の初夏」と企画の立ち上げ時期を明かした。そして「新日本プロレス創立50周年の年で、秋には猪木さんが名誉会長として戻る予定。ご本人は闘病中。少しでも元気になってくれたら、23年の1.4東京ドームのリングに上がってもらう。その頃にはコロナも落ち着いていて、会場で声出しも出来るようになっているはず。しかし、、、2022年10月1日、惜しくも猪木さんは旅立たれました」と、より詳しい製作の経緯を説明した。
作品は3つの要素で構成される。
<1>ドキュメンタリー 猪木さんに影響を受け、猪木を追い続ける、さまざまなジャンルの人物が“旅人”としてそれぞれの視点それぞれの場所で“人間・アントニオ猪木”を語る。
<2>短編映画 テレビや試合会場、その他、さまざまなシチュエーションで、猪木さんの言葉から力をもらったであろうファン視点のドラマを80年代の少年、90年代の青春、2000年代の中年の人生ドラマとして描き出す。
<3>貴重なアーカイブ映像やスチール 随所に猪木さんの生命力、すごみ、美しさが存分に味わえる映像やスチールをちりばめる。
筒井プロデューサーは「これまでにさまざまな試合や読み物を目に焼き付けてきました。そのひとつひとつに夢中になり、興奮し、涙してきました。多くの人の心を引きつけ、賛否両論を巻き起こし、その闘いで、言動で、日本中を元気にしてきたアントニオ猪木というプロレスラー。猪木寛至という人間。このタイミングで猪木さんの映画を作るという重責は、なかなかものです」と製作過程での思いを語った。「同時に今もなおアントニオ猪木という生きざまが世間から求められていることも日々実感しています」とプレッシャーを感じていることも吐露した。
新日本プロレスの菅林直樹会長は「10年以上、関係が途絶えていた創業者・アントニオ猪木会長と新日本プロレス。しかしその間も、ストロングスタイルを提唱した団体の“生みの親”に対して、かつて交流のあった所属選手はもちろん、オカダ・カズチカ選手を始め猪木会長を直接知らなかった世代からも尊敬の念は途切れることなく続き、その関係性は新日本プロレスの50周年を前にして、距離が徐々に縮まっていきました」と、猪木さんとの関係が、晩年は近づいていたと明かした。その上で「残念ながら、新日本プロレスのリングに再び上がっていただく夢はかないませんでしたが、今回の映画『アントニオ猪木をさがして』は、現在の新日本プロレスからの“最後の親孝行”であると同時に、いまも団体の原風景として生き続ける“猪木イズム”、そして“闘魂”とは何か? をひもとく重要なドキュメンタリーになっています。ぜひその目で確かめてください」と呼びかけた。
筒井プロデューサーは「どんなに追いかけても追いつくことの出来ない存在。『いつ何時、誰の挑戦でも受ける』という言葉を胸に、スタッフと出演者が今まさに総力戦で『アントニオ猪木をさがして』います。この秋、映画館に『猪木コール』の大合唱が響き渡ることを目指して」とコメント。湯川氏も「天国の猪木さんはこの『アントニオ猪木をさがして』を満足してくれるでしょうか! 『バカやろう~こんな映画作りやがって』と叱られるかもしれませんが、それでもいいから猪木さんの生の声が聞きたいです。猪木さん」と口にしたであろう言葉を“代弁”しつつ、猪木さんと映画への思いを語った。



