ロシアから軍事侵攻を受けているウクライナの民族楽器バンドゥーラの演奏家カテリーナ(37)が9日、都内で著書「ウクライナ女性の美しく前向きな生き方」(徳間書店)の出版記念イベントを開いた。

バンドゥーラの65本の弦を奏でながら、美しい歌声を聞かせた。ウクライナの「金色の花」「母への道」を「私にとって大切な歌」。最後に歌った日本の「翼をください」については「夢がかないました。音楽を通じて世界に出ていく夢がかないました」と説明した。

カテリーナは、1986年(昭61)3月、ウクライナのプリピチャに生まれた。「生後1カ月もたたないうちにチェルノブイリ原発事故が起きて、両親と2人の姉と避難しました。原発事故のところから避難してきたということで、学校の給食の時にバナナとかミカンを特別にもらっていました。特別な扱いをされていたことで、いじめにもあいました」と振り返った。

6歳の時に原発で被災して避難してきた子供だけで作られた音楽団に入った。「初めは発声レッスンやダンスを習ってました。そこで、同じ悩みを持つ友達に出会えました。それとは別に音楽学校に通ってバンドゥーラを始めました」と話した。

バンドゥーラについて、カテリーナは「ウクライナでは、もともとは目の不自由な男性が弾くものでした。日本の琵琶のようなものです。弦楽器ですが、一番似ているのはピアノ。ピアノの鍵盤を弦にしたような感じです。毎日持っているので重さは感じませんが、8キロあります。持つことでトレーニングにもなります」と笑った。

06年に日本に移り住んで、08年に日本人男性と結婚。「ウクライナは基本はコーヒーより紅茶。いつ誰が来ても『お茶する?』っていう感じで用意しています」と、平時のウクライナ人はお茶をして交流していると説明。「一番上の姉と2番目の姉の家族は、まだウクライナにいます。友達もウクライナにいて、毎日のように連絡しています。警報の中で暮らしていますから不安ですね」と話した。

ここで、昨年3月にポーランド経由で日本に避難してきたカテリーナの母親のマリヤさん(69)が登場。「私はウクライナのキーウ(キエフ)から来ました。私がウクライナから安全な日本に逃げて来てから1年半たちました。ウクライナから避難してきた人々を日本全国の人が受け入れてくれて、支援してくれているのを感謝します。日本はすごく安全なすてきなところですが、慣れるのはすごく難しいです。ウクライナの戦争が終わってない中で、安全な所にいても落ち着くことは出来ません。日本にいるウクライナの方々は、もうすぐ戦争が終わって必ずウクライナに戻れるという希望を持っています。『いろんな所に行っても、一番落ち着くのは自分の国』というウクライナのことわざがあります。本当に日本の皆さんに感謝しています。戦争は早く終わると思っています。ありがとうございました」と話した。

カテリーナは、ウクライナの現在の戦況について「友達と連絡を取っているんですが、実際に戦争に出て戦っている市民もいます。『まだまだです』と言われています。昨年の2月、3月より収まっていますが、毎日警報が鳴ったり、ミサイルが落ちたり落ち着かない。終わりに近づいているけれども、まだそうじゃない。ただ、ウクライナの兵隊も頑張っているので、ロシアから来たミサイルを打ち落としたりしてるので、被害はひどくない。日本から見ると落ち着いているけど、収まってない。慣れたというとおかしいけれど、慣れないと暮らしていけない状態が続いています」と話した。

10歳の時に初めて日本に来た。「今、仕事で新幹線に乗ったりして、いろいろなところに行きます。古い街に行ったりすると落ち着く。日本に15年くらい住んでいますが、今年の夏にヨーロッパに半分演奏、半分旅行で行って来ました。もう、行きたくないと思いました(笑い)。日本は安全で、夜にコンビニに行っても大丈夫。スリもいないし、安全で奇麗。お店に行ってもおしぼりが出てきて、きれいでおいしい水を飲める。日本を選んでよかった」と笑顔を見せた。

「ウクライナ女性の-」では、ウクライナ料理のレシピを紹介している。「野菜をメインで食べるのが一番。最近、日本でも簡単に手に入るようになったビーツは、ゆでても生でもおいしい。世界でも注目されています。血流がサラサラになるし、おなかの腸もスッキリします。ボルシチはロシア料理と言われますが、昔からウクライナの伝統料理です。ボルシチにはトマトが入ってると思われていますが、私はビーツを入れてつくります。夏でも、冬の寒い時に食べてもサッパリ」と話した。

これからについて「日本全国を回る活動は、ちょうど昨年12月に15年周年を迎えました。今年は本を2冊出して、料理も本で紹介で来ました。少しずつですが、いつか自分のお店も出来たらいいなと思いながら、ウクライナのことを伝えていきたい。ウクライナは戦争だけでなく、美しい自然、文化があることを伝えたい」と話した。

◆カテリーナ 1986年3月28日、旧ソ連(現ウクライナ)のプリピチャ生まれ。生後1カ月でチェルノブイリ原発事故が発生し、首都キーウ(キエフ)へ避難。6歳の時に民族音楽団「チェルボナカリーナ」に入団し、本格的にバンドゥーラを始める。96年に初来日して、全国で演奏会。レフゥツキー音楽専門学校でバンドゥーラ、音楽理論を学び、06年に日本に移住して、09年に日本人男性と結婚。17年CD「ふるさと」リリース。家族はIT会社勤務の夫(53)と息子(13)。164センチ。A型。