4日に83歳で急死した、写真家の篠山紀信さんの事務所「株式会社 篠山紀信」は5日、小学館と連名でリリースを出し、篠山さんの死を正式に発表した。「写真家篠山紀信は、1月4日早朝、老衰のため永眠いたしました。83歳でございました」と死因も明らかにした。
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「僕は『ヘアヌード』とひと言も言っていない。時代がジャンルを作っちゃった」。まもなく令和を迎える19年1月、篠山紀信さんの都内スタジオで、平成を振り返るインタビュー。時代の序盤を席巻したヘアヌードの話を聞くと、そんな答えが帰ってきた。
その後も流れるような話術でこちらの聞きたいことほぼ全てに応えてくれて、平成トークが一段落。すると、写真集2冊を取り出し「このために日刊スポーツの取材を受けるんじゃないかー」とニッコリ。日本を代表する写真家が、如才なく当時の最新作「premiere」「ラ・リューシュの館」をPRする姿に、訪れたカメラマンと一緒に笑ってしまった。大物女優から市民まで数しれぬ被写体の魅力を引き出した理由であろう、人たらしな笑顔がそこにあった。
「デジタルは写真史の大革命」と言い切った。80年代にはカメラ複数をジョイントするパノラマ、通称「シノラマ」を開発した。「僕はどんどん仕事でやっていくから、時代がデジタルになればデジタル。時代はその時代のカメラで撮らなきゃダメなんです」。芸術性をあわせ持ちながらも“アート一辺倒”とは距離を置いた。被写体だけでなく、機材やテクノロジーでも時代を受け入れる度量とアンテナを持っていた。
「写真は時代の写し鏡」。そう繰り返した。「撮る」ではなく、「時代が撮らせる」。旅立ちは本当に惜しまれるが、時代のニーズに合わせてシャッターを切り続けた生涯「職業写真家」。そんな姿をかいま見せてもらった。【大井義明】



