女性ハードロックバンドSHOW-YAが19日、東京・EX THEATER ROPPONGIで、40周年記念ツアー「SHOW-YA 40th Anniversary東名阪ツアー“無限”」ファイナルとなる東京公演を行った。

同ライブは「無限」と89年9月発売の7枚目アルバム「Outerlimits」の収録曲を主体に構成した。ライブのMCで、メンバーそれぞれが「Outerlmits」制作秘話を語った。

ドラムの角田美喜(61)が「山中湖で合宿して、2週間で作った最速レコーディングだった」と口火を切った。「まだ不完全な曲もあって、朝起きて練習した。まだそれができた」と笑い、「短期間でものすごいクオリティーの作品を作った」と振り返った。

続いたベースの仙波さとみ(62)は「全然覚えていなくて…」とした。「打ち上げでガンガン飲んで、飲み終わって泊まっていたログハウスに戻ろうとして捻挫したくらいしか覚えていない」。キーボード中村美紀(66)も「私もあまり覚えていない」。だが、「今聞いても聞き応えのある代表作」とし、「まだ聞いていない若い人がいたら、ぜひ聞いて欲しい」とアピールした。

その一方で、ギターの五十嵐美貴(62)は「今やれと言われたら、イヤだといいます!」と語った。その理由に、ハードロックレコーディングにおけるギターの役割の大変さをアピールした。「頭から最後まで一切休みがなく、本当に大変だった。合宿形式のレコーディングは2度とやりたくないです。以上!」と、拒絶の姿勢を打ち出した。

だが、ボーカル寺田恵子(62)は「残ってやるって言ったのはsun-go(五十嵐)だからね」と暴露した。その寺田は「まだインベーダーゲームとかテーブルゲームがあったころで、それをやるためにわざわざ車に乗って1万円札を全部100円玉に両替しに行って、ゲームをしていた」と明かした。「仮歌を入れ終わるとやることがないので、ずっとゲームをしていたので、また合宿したい!」と話した。「今は家からでもできるけど、顔と顔を合わせてグッとなる空気とか、あうんの呼吸があるので、合宿しましょう」と続けると、五十嵐は「やだ!」と拒絶の姿勢を崩さなかった。

こうして誕生した「Outerlimits」はSHOW-YAを代表するアルバムとなり、オリコンチャート最高位3位を記録。最大ヒット曲「限界LOVERS」や「私は嵐」などを収録している。寺田は「SHOW-YAにとって一番売れたアルバムだし、歌詞も自分の日記からのものが多いので、それが代表作になってうれしい」とした。