映画「君の名は」などで知られる女優の岸惠子さんが8月7日に老衰のため死去した。93歳だった。

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12歳の時、人生観を左右する出来事に遭遇した。

故郷を焼き尽くした横浜大空襲の日、防空壕(ごう)に入るようにうながす大人たちの手を振り切って本能的に公園に走り、松の木に登った。低空飛行する戦闘機パイロットの殺気立った目が風防越しに見え、入るはずだった壕が燃え盛るのも目に入った。

「今日から子どもは辞めようと決めました」

7年前のインタビューで聞いた話だ。86歳になっても、10センチはありそうなピンヒールでコツコツと歩く姿に少女の反骨が重なって見えた。まぎれもない美人だが、中身は男前だった。

映画共演した萩原健一さんとの恋仲がささやかれたことがあったが、28歳差を不自然に見せなかったところもこの人らしかった。

「君の名は」大ヒットの余韻もさめやらない57年に結婚を機に渡仏した。せっかくの国民的人気を捨て、芸能界と距離を置いても、行動的であることに変わりはなかった。50代には混乱のイランやアフリカを訪ね、現地ルポで注目された。

自身も客観視した。

「市原悦子さんのドラマを拝見したんです。素晴らしくうまい。私はああはなれなかったんです。今は若い女優さんもうまい。私たちの時代は下手くそでしたよ。自然さがなくてちょっとウソみたい。そのウソの中にロマンを感じてもらっていたんですね」

出演作の一番のお気に入りは、実はそのロマンとはほど遠い市川崑監督の「おとうと」だった。

「きれいな演技を全否定されて『口をポカンとあけてごらんと』と。あれでピンときてうまくいった」

泥くさい演技はブルーリボン賞主演女優賞に輝いた。懐深く、時に否定的な言葉も受け入れる。文字通りの知性派だった。【相原斎】