日舞パフォーマーで歌手の花園直道(38)が来年4月29日に、大阪・新歌舞伎座で初の座長公演を行うことが決まった。
24年4月に、花園は東京・明治座で芸能生活20周年公演「花園城!全員集合」を開催した。
明治座は23年4月に創業150年を迎えた商業演劇の殿堂で、花園にとって念願の初座長公演だった。
新歌舞伎座は歴史では及ばないが、西日本屈指の劇場である。
花園は「座長公演は明治座同様、夢でした。大阪は大好きです。お客さまのノリがいいし、とてもやりやすいです」と話した。
花園は日本舞踊をベースに、181センチの長身から繰り出すダイナミックな踊りと歌で、観客を魅了する。そのパフォーマンスは「スーパー日舞」とも言われ、他の追随を許さない存在になっている。
新歌舞伎座でも、明治座と同様に2部構成で、1部が芝居仕立て、2部が踊りと歌の花園ワールドとなりそうだ。
幼少から坂東流の日本舞踊を習い、17歳で坂東蔦之龍を襲名した。並行して津軽三味線と声楽も学んだ。母が日本舞踊をやっていたこともあったが、中学時代に不登校だったことも影響していた。
花園はかつて「友達の輪に入れず、引っ込み思案になってしまった。最初の1歩を踏み出せなかった」と振り返った。
一方で「何か自分に力を蓄えなければ」と強く思っていた。それが日舞や津軽三味線、歌だった。
津軽三味線の師匠(山田隆二氏)は、大衆演劇「新星劇団」の座長でも活躍していた。15歳の時、初舞台を経験した。
「健康ランドでしたが、出てみると、拍手や声援がこんなにいいものなんだと、どっぷりとハマってしまいました(笑い)」
18歳で独立し「花園直道」として活動を始めた。花園独特の「スーパー日舞」を生み出し、今では海外からもオファーが相次ぐ存在になった。
その経験から、こうメッセージを送る。
「僕は、稽古事で自分の殻を破れた。それが仕事につながった。かつての自分と同じような境遇にいる方のお気持ちが、良く分かります。自分が、心が楽しいと思えるものを見つけて没頭して、前に進んでいってほしいと思います」
しかし、その人生を切り開いてくれた日本舞踊の現状を憂える自分もいた。
ブレイキン(ブレイクダンス)が授業に取り入れられたり、オリンピック種目になるなど、洋楽系のダンスが大流行している。
一方、日本の舞踊界は、高齢化と舞踊人口の減少に歯止めがかからない。
そんな中、花園が中心となって、古典芸能の伝統を守りながらも、若者の心を引きつける新しい感覚の日本舞踊を作り出せないか、と考えた。
一般社団法人「JPN dance協会」の設立である。花園が代表を務めている。プロのパフォーマーの育成や、アマチュアの講習会なども行っている。
JPNはJAPAN(日本)の正式な国名コード。それとダンスを組み合わせた「JPN dance」とは、日舞とダンスを融合させて考え出した新ジャンルなのである。
花園は「和の総合エンターテインメントをつくり上げたいんです」と熱く語る。そして、大きな野望も持つ。
「いつか、日本舞踊や民謡、三味線、和太鼓、演歌、着物のファッションショーなど、和をテーマとしたビッグフェスを日本武道館で開催したい。世界が注目している日本文化を、あらためて国内外に発信したいんです」
その野望へ、花園は1歩1歩前進している。
【笹森文彦】



