9月8日に都内で「第37回高松宮殿下記念世界文化賞」の発表会見があり、日本美術協会会長の日枝久元フジテレビ取締役相談役(88)が中居正広氏をめぐる騒動以来、1年9カ月ぶりに公の場所に出てくるというので取材した。

「高松宮殿下記念世界文化賞」の発表会見の取材は2021年(令3)9月13日以来だ。当時は「フジテレビの日枝さんが出てくるから取材に行ってきて」とデスクに頼まれて、あいさつがてら、俗に言う“サツアイ業務”で足を運んだ。会場の日本プレスセンタービルに着いて、エレベーターに乗り込むと、下の駐車場から上がってきた日枝さんがいた。

日枝さんから「今日は、どうしたの」と聞かれたので「日枝さんに“サツアイ業務”で来たんですよ。もう、用事が済んだんで帰りましょうかね」と返した。ただ、そこで顔見知りのフジサンケイグープ事務局長に「サプライズがあるから」と押しとどめられた。

サプライズは、安倍晋三元首相の出席だった。「先に発表すると警備が大変だからサプライズにした」とのことで、あわててカメラのシャッターを切った。その写真は翌22年7月8日に安倍元首相が凶弾に倒れた際の記事に使われた。

今回は日枝さんの出席があらかじめ発表されていたので、週刊誌やら写真誌が押し寄せるのかと思ったが、そんなことはなかった。受付開始の1時間前に行くと押しとどめられて、15分前に行くと、なんと日枝さんがいた。騒動の最中の昨年2月に腰椎を圧迫骨折していたが、杖をついて「足が痛くてね」と苦笑いしていた。

騒動などなかったかのように、あれこれ話した。記者が8月いっぱいで定年再雇用も終わり、会社を辞めたことを報告した。この後について「これまで通り、これからはアルバイト記者としてやります」と言うと「頑張ってね」と激励してくれた。そして、フジテレビ担当の弊社OBの名前を挙げて「○○ちゃんは元気かな。会いたいね」と口にしていた。

会見が始まった。一般紙の美術担当の記者は、まるで何もなかったかのように、受賞者について質問をしていた。日枝さん本人に「頑張れ」と言われたのだから、期待に応えて頑張ってみた。「1年9カ月ぶりに公の場に出てきた感想は」「騒動があってフジテレビも再スタートを切っていますが、社員の方たちにいいたことは」と質問してみた。ぶしつけな気もしたが、日枝さんは動じることなく、「今日はここに座れるかどうかと思っていたが、発表できることは喜び」「フジテレビのみなさんも(世界文化賞の)一助を担ているということを考えてほしい」と答えた。

会見が終わっても、日枝さんは足が悪いからゆっくりと引き上げている。歩きながら「いろいろなくなちゃったからね」と振り返っていた。騒動の最中に自宅に行った時は、到着して5分で会社のデスクから電話がかかってきた。「今、週刊誌から『日枝邸の前で怪しい男を見つけた』と連絡がありました」。送られてきたメールには、日枝邸前をうろつく小さな男が写っていた(笑い)。その日は、“空振り”に終わった。

騒動が終わって、もう2度と日枝さんに昔のように会うことはないのかと思うと、40年近く世話になっていたので寂しくも感じていた。毀誉褒貶(きよほうへん)、悲喜こもごもあるが、フジテレビの全盛期に取材できたのは記者としての大きな財産になった。

トレンディードラマ、「ドキッ!丸ごと水着女だらけの水泳大会」、「北野ファンクラブ」と思い出がたくさんの番組がある。一連の騒動でお世話になった人が、あいさつもできないままフジテレビを去ってしまった。もう少し、フジテレビを取材してみよう。そう思わせてくれた、日枝さんとの再会だった。【小谷野俊哉】