歌舞伎俳優市川染五郎(39)が27日、舞台セリから約3メートル下の奈落に転落して大けがを負い、救急車で都内の病院に搬送された。右側頭部などを打撲したが、意識はある。染五郎はこの日、家元を務める日舞松本流「第十回松鸚会

 宗家松本幸四郎古希記念舞踊公演」を東京・国立劇場で行い、自らの半生を踊りにした「あーちゃん」に出演中に転落した。公演は中止した。今日28日の舞踊公演は代役を立てて休演し、9月1日からの東京・新橋演舞場「九月大歌舞伎」も休演する見込みだ。

 事故は開演から30分ほど経過した午後6時37分ごろ、父松本幸四郎も特別出演した「勧進帳に出会う」の場面で起こった。鼓を持った染五郎は「バッタリ」とつけを打つ口まねをしながら後ろに下がりながら踊っていたが、直後に舞台から姿が消えた。すると、舞台袖からスタッフが慌てた様子で駆け寄り、どん帳も急に下りた。

 当初は詰め掛けた満員の観客も「演出では」と思っていた。しかし、姿が消えてから約10分後に「都合で公演を中止させていただきます」とアナウンスが流れると、場内は騒然とした雰囲気になった。

 関係者によると、染五郎は舞台後方のセリから後ろ向きに約3メートル下の奈落に転落したという。意識はしっかりしており、救急隊の問いかけにも応じたが、体を動かすことはできず、救急車で近くの大学病院に緊急搬送された。夫人や幸四郎らも病院に付き添った。けがの程度は不明だが、右側頭部などを打撲したという。「あーちゃん」はこの日1回だけの公演だが、舞台セリなども使った演出だった。何らかのミスで上がっているはずの装置が下がった状態にあったとみられ、染五郎は知らずに転落したようだ。

 この日の公演では染五郎の長女(5)が松田美瑠の芸名でデビューした。冒頭、父とともに大きな帽子をかぶってピンクのドレス姿で登場。後半では歌も1曲披露する予定だった。父の事故に動転した長男の松本金太郎(7)と美瑠が泣きながら劇場ロビーに姿を現し、見に来ていた友達に励まされていた。

 今日28日に行われる松本流の舞踊公演は大事を取って休演し、代役を立てる。また、9月1日からは新橋演舞場「秀山祭九月大歌舞伎」で「寺子屋」「時今也桔梗旗揚」に出演を予定していたが、休演する見込みという。

 ◆セリ

 舞台の床の一部をくりぬき、その部分を上下に動かすことができる舞台機構のこと。セリにも大道具全体を上下させる「大ゼリ」、登場人物を上下させる「小ゼリ」、花道の付け根近くの「スッポン」などがある。

 ◆奈落(ならく)

 仏教における地獄、または地獄に落ちること。礼拝用言語のnaraka(ナラカ)を日本で音写したもの。一般的に物事の最後の所、どん底、ひどい境遇の意味もある。これが転じて、舞台演劇では、劇場の舞台や花道の床下にあるスペースを指す。「奈落の底」「奈落に落ちる」などの言葉も生まれた。

 ◆7代目市川染五郎(いちかわ・そめごろう)本名・藤間照薫(てるまさ)。1973年(昭48)1月8日、東京都生まれ。9代目松本幸四郎の長男で、79年に歌舞伎座で松本金太郎の名で初舞台。同年のNHK大河ドラマ「黄金の日日」でドラマデビュー。81年10月に染五郎を襲名。歌舞伎のほか、93年の日本テレビ「父子鷹」で幸四郎と共演。97年の三谷幸喜監督作品「ラヂオの時間」で映画初出演。フジテレビ系「ブランド」TBS系「ヨイショの男」や舞台「マトリョーシカ」などにも出演。屋号は高麗屋。身長176・5センチ。血液型AB。