先月、秋祭りにお邪魔して来た。ひとつは長年ずっと行きたかったが果たせずにいた長崎くんち。長崎市諏訪神社の大祭で、秋の収穫を神に供える日を「供日」(くんち)として毎年10月7日から3日間行われ、400年の歴史を誇っている。長崎市には77個の奉納団体「踊り町」があり、それらが7つの組に分けられ、7年に1度出演する当番制になっている。7年の間に資金を集め、演目に合った道具、衣装をあつらえ、体力づくりをし、練習に励むそうだ。

満を持したお披露目は見応えのある内容で演目は龍踊り(じゃおどり)、傘鉾、川船など各種趣向が凝らしてあり、まさに長崎の和華蘭文化(わからんぶんか)を体現したものだった。観覧席は地元の方々で超満杯。応援のかけ声もすさまじい熱気で一緒になって興奮しながら「モッテコーイ、ショモサー」と叫んでいたら声がかすれてしまった。

もう1つは京都3大奇祭と言われている鞍馬の火祭。あの牛若丸が修行した鞍馬山にある由岐神社の大明神の霊験を伝え守るための例祭だ。この祭りは「仲間」と呼ばれる世襲制の住民組織が中心となって執り行われる。小さい子供は小さな松明(たいまつ)、若衆は中サイズの、そして宮本と呼ばれる中心メンバーたちは5メートル以上、100キロもある松明にそれぞれ火をともし、担いで村を練り歩く。夜空を焦がすかのように燃え盛るたくさんの松明を見ていると「サイレヤ、サイリョー」(祭礼や祭礼)という不思議なかけ声と相まって、炎に魅せられたような、非現実的な浮遊感を味わった。

2つの祭りはどちらもご神体が神社を出て人々のところに出張し、お旅所に滞在する。そして神と人が「神人共楽」、共に喜び楽しむ時を共有する。「踊り町」も「仲間」も名誉とプライドをかけて奉納の勇壮さ、美しさを競い、結果、連帯感や郷土愛が育まれていく。日本文化の根っこに祭りがあるのは間違い無いことだろう。

最近はハロウィーンイベントが盛んだが、これとて元をたどれば古代ケルト時代までさかのぼる収穫への感謝と死者への祈りの儀式で、成り立ちは日本の祭りととても似通っている。

祭りも観光行事やイベントとしてではなく、祝祭文化として捉え直してみると新たな再発見があり、実に興味深い。