★2日、前首相・石破茂悲願の防災庁が発足した。初代の防災相は細野豪志となった。頻発する異常気象や大型台風、激甚災害、大規模地震と日本は天災王国と言える。石破は阪神・淡路大震災のころから構想をまとめ、16年の熊本地震のころに“防災省”の設置を訴えた。20年の総裁選で公約に盛り込んで24年に首相になり設置法策定に駒を進めた。霞が関には「現状で十分」との声が強く、1日の朝日新聞のインタビューでは不要論に「じゃあ今はうまくいってるのか。何も強大な権限を振るう司令塔を作ろうということではない。47都道府県1718市町村の能力にはばらつきがある。国が関与すべき分野が非常に大きい」とした。

★以前には「101年前の関東大震災の時と変わらない。体育館で雑魚寝のようなことは、先進国において日本だけだ。家が壊れ被災し、職を失った人たちがなんで体育館で雑魚寝をしなきゃいかんのですか。なんで冷たいお弁当を食べなきゃいかんのですか」「世界一と言ってもいい災害大国で、専門省庁がないことのほうがよほど異常だ」と訴え、国交省が仕切る霞が関のやり方から「独立した防災省」をつくり、防災相を置くことで、他省庁にものを言える立場を作るべきとしていた。だが、高市内閣で内閣府の外局(防災庁)になり骨子が大きく変わった。気象庁(国交省)の気象予測・観測部門や、消防庁(総務省)の機能、さらには各省庁に散らばる防災・インフラ関連の専門部局を一元化し、自衛隊や警察への直接の指揮権も持たせたかったがかなわなかった。霞が関の縦割りはどんな地震や台風よりも頑丈で崩せなかった。

★官僚は被災者のことよりも自分たちがやりやすい体制が一番効率的だと信じてきたので、官僚組織の文化になじまぬものを否定しがちで、一緒にやるというワンストップ志向がない。何より省益がちらつく。兼務や出向の方が仕組みや人脈が広がる利点が多いという考え方だ。ただ、防災意識の薄い自治体の職員や議員たちのさらなる劣化が進み、霞が関の指示で回る時代ではないことは誰もがわかる。防災力の均一化が必要な時に、日本の防災はまた後れをとったのではないかとの不安がよぎる。(K)※敬称略