「安売り依存」のキャリアは当局に規制を要求


年度末の3月、スマホ販売は最大の商戦期を迎えている。売り場が賑わいを見せる中、高額スマホが投げ売りされる、いびつな商慣行は残ったままだ。写真はイメージ(記者撮影)
年度末の3月、スマホ販売は最大の商戦期を迎えている。売り場が賑わいを見せる中、高額スマホが投げ売りされる、いびつな商慣行は残ったままだ。写真はイメージ(記者撮影)

「お急ぎください!値引き規制で『1円スマホ』が消滅か!?有識者会議で1円スマホ規制に関する議論が進められています」。3月下旬の平日、大阪の繁華街・ミナミエリアにある家電量販店のモバイル売り場では、こうしたPOP広告が掲げられていた。

隣で売られていたのは、いわゆる「1円スマホ」。UQモバイルや他社からMNP(番号を変えず他の通信会社から乗り換える制度)でau回線へと乗り換え、25カ月後にKDDIに端末を返却するなどの条件を満たした場合、「iPhone SE(第3世代)」(データ容量64GB、機種代金は約7万円)を、2年間は1円で使えるという。

近隣店舗でも、ソフトバンクへMNPで乗り換えた場合、「iphone 13」(128GB、14万円弱)を月額1円で2年間使えたり、ソニー製の「Xperia10 Ⅳ」(約7.5万円)を一括1円で購入できたりする旨の書かれたPOPが掲げてあった。

「POPの表示価格よりさらに安くしていることもあります。3月の土日は割引額を積み増すキャンペーンが多いので、おすすめですよ」。店頭を眺めていた記者に、あるショップ販売員はそう耳打ちした。


公取委も値引き販売の実態調査で警告


こうした1円スマホはショップの目玉商品だ。複数店舗を確認したところ、店頭の販売価格よりも最大で7万~8万円程度の割引を受けられるケースが目立っていた。

しかし冒頭のPOPにあるとおり、総務省では目下、スマホの廉価販売をめぐり有識者会議で議論が進んでいる。関係者ヒアリングなどを踏まえ、2023年夏頃をメドに新たな規制の詳細を詰める方針だ。

さらに2月下旬には、公正取引委員会が1円スマホをはじめとした携帯電話端末の極端な値引き販売に関する調査結果を公表。「大幅な値引きがエスカレートする場合、(中略)通信料金の下げ止まりや引き上げにつながることも懸念される」と警告した。

これまでも繰り返されてきた、キャリアや販売代理店をはじめとする事業者と、当局とのいたちごっこ。過剰な安値合戦がちまたで熱を帯びる今、スマホの販売実態を問題視する向きが再び強まっている。

総務省の資料によると、かつてレンタル制が基本だった携帯端末は、1994年に売り切り制へと転換。その後は端末を低額または無料でユーザーへ提供し、通信料金で回収する仕組みが取られてきた。

転機が訪れたのは2007年。総務省の研究会で、通信と端末を分離したプランを広げていく考え方が示された。それを受けたキャリアは端末価格と通信料金を切り離したプランの導入を進めたものの、端末の安売りに慣れ切っていた消費者の買い控えが発生。結局キャリアや代理店はその後、「抜け穴」を探すことに躍起となっていった。

以降、ユーザーへの高額キャッシュバックや、端末の大幅値引きなどが横行するたびに総務省は新たな規制をかけて対抗し、事業者がその裏をかくという悪循環に陥った。

公取委も問題視した1円スマホなどの格安端末がはびこる現状も、規制の抜け穴が突かれた結果だ。というのも、実は2019年10月に行われた電気通信事業法の改正により、端末割引は2万2000円(税込)までとする規制が法制化されていたのだ。

ただし、規制の対象は回線とセットで売る端末に限られる。2万2000円の割引を適用したうえで、端末単体をキャリアや代理店が独自に割り引いて販売すれば、法律に抵触しないかたちで実質的な大幅値引きが可能となる。

端末のみを大幅割引して販売するメリットはキャリアや代理店側にない。そのため実際には、「端末単体だと在庫がないが、MNPなら用意できる」などの営業文句で消費者をMNPへ誘導しているケースが大半だ。こうしたカラクリにより、1円スマホなどの値引き合戦が足元で繰り広げられているわけだ。


安売り横行の背景に「MNPノルマ」


そもそも、総務省が通信と端末の分離にこだわる理由は何か。

総務省総合通信基盤局料金サービス課の担当者は、「端末価格を通信料から補填(ほてん)する形となって内訳が不透明化すれば、通信料が高止まりしかねない。また、頻繁に端末を買い替えるユーザーばかりが得をする構図となるため、公平性の原則にも反する」と指摘する。

競争政策の観点でも問題がある。資金力のある事業者が端末の大幅値引きで他社を駆逐しかねず、サービス本位での競争が行われない懸念があるためだ。

公取委は2月に公表した調査報告書で、スマホ廉売が起きている一因として、キャリアによる代理店の評価制度が影響していると指摘した。実際、公取委が代理店に実施した調査では、極端な廉価販売を行った理由として「MNP獲得指標における目標値を達成するため」との回答が多く挙がった。

楽天モバイルを除くNTTドコモ、KDDI、ソフトバンクの大手3社は、企業ごとに比重の大きさの濃淡はあるものの、各代理店の評価指標にMNPの項目を設けている。MNPの獲得件数が少なければ、インセンティブ収入が下がったり、最悪の場合は店舗閉鎖に追い込まれたりしかねない。中でも店舗削減を進めるドコモのショップでは、こうした動きがとくに顕著だ。

大手キャリアがMNP獲得に執着する背景には、モバイル市場の流動性の高まりがある。

2020~2021年には、楽天モバイルが本格参入したり、大手3社も低廉な新料金プランを相次ぎ投入したりした。さらに、いわゆる「2年縛り」などの期間拘束を事実上封じた法改正などを受け、キャリア各社が通信プランの契約期間の縛りや契約期間中の解約金を2022年までに撤廃し、ユーザーが別の会社へ乗り換えるコストが安くなった。

結果として、直近のMNP利用件数は過去最多水準で推移し、「取られたら取り返す」という熾烈(しれつ)なユーザー獲得競争が展開されている。

成績の悪い代理店によっては、自腹を切ってでも独自に割引額を積み増し、MNPを1契約でも多く獲得する必要がある。代理店が大幅な値引きを余儀なくされる状況をキャリアが作り出しているため、「独占禁止法上の優越的地位の濫用に当たり、問題となる恐れがある」(公取委の担当者)。

過剰な安値合戦は、「転売ヤー」と呼ばれる業者をも呼び寄せた。格安に売られるスマホを転売目的で入手し、短期解約するなどして中古ショップなどで売りさばく。組織的に展開し、回線獲得に結びつかない転売ヤーは、キャリア側にとっても利益を圧迫する悩ましい存在となりつつある。

歪んだ販売構造による弊害が顕在化してきた局面にあっても、キャリアの自浄作用は望み薄だ。

最大手のNTTドコモは、2022年11月に開かれた総務省の会議の場で、端末単体の割引について「競争対抗の観点で、キャリア主導で取りやめることは困難」だと断言。さらには「過度な端末割引が生じないよう、業界一律でルール化(規律見直し)を要望する」と主張した。

安売り依存から抜け出せない体質となったキャリアの限界を自ら認め、当局に“助け”を求めた格好だ。


過度な割引上限は5G普及の足かせに?


となると、今後は総務省がどう制度設計をするかが焦点となる。1円スマホの抜け道となった端末単体の割引規制に踏み込むことは規定路線とみられるが、難しいのは、割引上限額の設定だ。

調査会社のMMD研究所が2022年8月に実施した調査によると、日本で5G対応端末を持つ人の割合は34.5%。アメリカ(61.9%)や中国(71.7%)を大きく下回る。

円安や物価高などの影響でスマホ価格が高騰し、買い替え需要が伸び悩んでいる。一方で対応端末が広く流通しない限り、5Gならではのサービスも普及しない。割引上限を厳しく設定した結果、5G端末の普及がさらに遅れれば、5Gを商機として国内外で稼ごうとする国内勢の芽を摘むことになりかねない。

事業者側でも、割引規制をめぐっては「上限価格は撤廃すべき」(アップル・ジャパン)、「当該端末の中古買い取り価格を値引き上限とすべき」(ソフトバンク)などと意見が分かれる。通信行政に詳しい野村総合研究所の北俊一パートナーは、「5G端末普及を図るため、端末単体も規制対象に入れたうえで、割引上限を最大4万円程度に増額してはどうか」と提言する。

業界の透明性を高めるうえでは、代理店の評価指標のあり方などをめぐる論点も残る。いびつな安値販売を撲滅し、いたちごっこに終止符を打つ道のりはまだ険しそうだ。

【高野 馨太 : 東洋経済 記者】