福島県いわき市のリゾート施設「スパリゾートハワイアンズ」のダンスチーム「フラガール」の元リーダーで、モアナ梨江の名前で活躍した猪狩梨江さん(35=旧姓大森)は16年に引退後、フラガール出身初の女性管理職として、後輩のシフト管理など事務全般を担当し、裏方としてサポートしている。東京電力福島第1原発事故で帰還困難区域となった故郷の思い出が薄れていくことに戸惑いながらも、後輩育成に力を注ぐ毎日を送っている。

   ◇   ◇   ◇   

今年2月、両親と数年ぶりに福島県双葉町の実家を訪れた。場所は第1原発から約2キロ。放射線量が高く、滞在は数時間だった。事故の数年前に新築した家の内部は壁紙がはがれ、雨漏り箇所は崩れ落ち、サッシがサビついていた。傷みは進む一方、カレンダーや時計は当時のままだ。「すべて時が止まったままですが、朽ちていくのを見ると、時はたっているんだと。早いと思いました」。

フラガール引退後、17年に結婚した。今はいわき市に住むが、事故の前までは実家で暮らしていた。見慣れた風景はすっかり変わった。周辺では帰宅をあきらめ、取り壊された家もある。住宅跡地には、ブルーシートで覆われた汚染物が積み上げられている。「楽しい思い出や、やんちゃした思い出が浮かぶ景色が、行くたびにどんどん削られていくので悲しいです」。

放射線量が高く、家から持ち出せたのは、学生時代に友人がくれたロバのぬいぐるみや、フラガールの先輩が手作りしてくれたバッグなど数点だけ。「あとは全部思い出として置いて、帰るたびに懐かしいなと振り返ります。半面、あれ? 前はこうだったかな、と思う時もあります。悲しいですが、記憶が薄れていくんです」。双葉町時代の友人と会っても、東日本大震災や原発事故の話はしない。「今の生活や今後の話はします。みんな前を向いて進んでいるんだなって」。

事故発生から11日で8年となった。「時がたつにつれて育った故郷が遠ざかっていく。寂しい気持ちが増す時もあれば、それがあるから前に進める自分もいる。複雑な気持ち」。両親はいわき市に住み、事故当時飼っていた愛犬は昨年死んだ。双葉町に戻りたい気持ちはあるが「現実的に考えると難しい」。ただ「場所によっては復興に向けて進んでいる部分もあるので、いわきを拠点に住んで、そのつど様子を見ていきたい」。離れた場所から故郷を見守るつもりだ。

今は、半数が地元出身というフラガールの後輩たちのサポートが仕事だ。「大変だけど楽しいです」。後輩には、被災地も試合会場となるラグビーW杯大会や来年の東京五輪に関わってほしいと思っている。「ぜひ、そういったチャンスがあれば。得難い経験になり、地域のアピールにもなる」。薄れていく思い出に寂しさはあるが、未来を見つめている。【近藤由美子】

◆スパリゾートハワイアンズ 66年に常磐炭礦が温泉を利用した「常磐ハワイアンセンター」を開業。76年に全面閉山し、90年に現在の名称になる。ダンサーを題材にした06年映画「フラガール」がヒット。11年3月、東日本大震災で全館休業。同5月23日から休館中のホテルを避難所として首都圏に避難していた福島県広野町町民約550人を一時受け入れた。同10月に一部営業を再開。12年2月に全面再開。13年に累計入場者数6000万人突破。今年、フラガール養成学校「常磐音楽舞踊学院」が55周年。

◆双葉町の現状 「帰還困難区域」と「避難指示解除準備区域」に分けられているが、全町避難が続く。人口は6005人(2月現在)。町として支援対象としている避難者は県内の他市町村に4075人、県外に2812人、所在不明者は2人。11年3月から13年6月まで、役場機能が埼玉県加須市内に移っていたこともあり、県外避難先は埼玉県が818人で最多。県内最多はいわき市で2204人。