歌舞伎座の向かいに店を構える東京・東銀座の老舗弁当店「木挽町辨松(こびきちょうべんまつ)」が20日、152年続いたのれんを下ろした。開店時に整理券を配布し、混雑は緩和したが、客足は途絶えず、計500個用意した弁当と総菜は午後2時に完売した。

午後5時過ぎに営業を終えると、5代目社長の猪飼信夫さん(67)は「先祖含めて店の代表として、感謝を伝えたい」と、従業員とともに店の前に出た。公演休止が続き、静まり返る歌舞伎座に向かって深々と一礼し、あいさつした。「誠にありがとうございました!」。集まった約30人から、ねぎらいが込められた拍手が起きた。猪飼さんは「寂しいというよりも、ホッとしています。トラブルがなかったことが1番。やり切った充実感があります」と心境を明かした。

「店の味を守れるうちに」と事業譲渡を進めていたが、新型コロナウイルス感染拡大の影響もあって3月に契約寸前で白紙になり、廃業を決めた。猪飼さんは「だいぶ前に辞めると決めていたし、コロナで廃業するのではないが、影響は間接的にあったのかもしれない。お客様にお別れできないことが残念。こんなことになると思わなかった」と話した。歌舞伎座を見ながら「今はオーラがないね」と寂しそうにつぶやいた。

創業は1868(明元)年。江戸前の甘辛い味付けが特徴だった。調理場に置かれた先代から引き継いだ大きなつぼには、まだタレが半分以上、残っている。猪飼さんは「廃業は江戸の食、味文化をなくすことになる。重い決断だったね」と振り返った。「明日も普段通り、午前4時に目が覚めちゃうんだろうな」。名残惜しそうに調理場を見つめた。  【近藤由美子】