アニメ映画「鬼滅の刃」の勢いが止まりません。公開6週で興行収入は259億1700万円に達しました。これは歴代3位に相当します。コロナ禍にもかかわらず多くの人が映画館に足を運んだことになります。実は、これまでも「不安」や「不景気」が、メガヒットを生み出してきました。映画興行の歴史を振り返り、ヒットと景気の関係をひもといてみましょう。【相原斎】

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「鬼滅の刃」好スタートの原因は、何と言っても累計発行部数1億部を突破した原作コミックの人気です。公開日が、緊急事態宣言で休業していた映画館再開のタイミングに重なったこともあり、100億円、200億円到達の節目で「最速日数」を記録することにもなりました。

実は今回のコロナ禍に限らず、過去のランク上位作品の多くが「不安」と「不景気」の中で公開されています。作品そのものに魅力があったことはもちろんですが、厳しい現実からの逃避行動という側面、さらには不況による疎外感から「みんなと同じものを見たい」という心理もはたらいたのではないかと思います。

1位の「千と千尋の神隠し」から、その時々の経済動向を振り返ってみます。「千と-」は01年7月公開です。平成不況と言われた長期低迷期の中でも、特にこの年は主要経済のほとんどが勢いを失い、「世界同時減速」といわれました。公開2カ月の9月11日には米中枢同時テロが起こり、世界中に激震が走りました。5位の「ハリー・ポッターと賢者の石」も、この年の12月に公開されています。あの「9・11」の年に、2本のメガヒットが生まれたのです。

2位の「タイタニック」が公開された97年は、バブル崩壊の影響から脱却できない状態が続く中、4月に消費税率アップ(3%→5%)があり、経済は急速に冷え込みました。金融機関の破綻が続き、11月には山一証券が自主廃業。公開はその記憶も覚めやらない12月だったのです。

3位の「アナと雪の女王」の公開も、まさに14年の消費増税(5%→8%)のタイミングでした。公開は増税を2週間後に控えた3月14日。駆け込み需要の反動で急速に景気が後退した3週目以降も、客足が衰えることはありませんでした。6週目に強敵「名探偵コナン 異次元の狙撃手」が公開され、1度は興収1位を譲りましたが、観客が一緒に歌える「歌詞付き」版の上映も加わって1位を奪還します。「コナン」に抜かれた1週を除き、消費増税の年に何と5カ月間にわたって興収1位を続けたのです。

4位の「君の名は。」が公開された16年は、戦後2番目の下げ幅という株価急落で幕を開けました。中国景気の後退、中東情勢の緊迫など原因の根は深く、公開された8月もこの下落傾向に歯止めがかかりませんでした。アベノミクス4年目。企業の内部留保が4年連続で過去最高となる中、社員の給料に還元される割合を示す労働分配率は8年ぶりの低水準となりました。他の4作品ほど深刻な状況ではありませんが、社会に「もやもや感」がまん延していたことは確かです。

「鬼滅の刃」の興行収入は現時点で歴代3位に相当し、2位までは射程に入ったと言っていいでしょう。一方で、動員数1939・7万人は歴代5位相当にとどまっています。これはチケット料金(客単価)の違いによるものです。

大人と子どもでは料金が違うので、大人の観客の比率が高い「タイタニック」は興収2位ですが、動員数では6位(1683万人)にダウンしています。「鬼滅の刃」の場合、子どもの比率は高いはずですが、特別料金の「IMAX上映」も増えて、平均料金はそれなりに高くなっています。

そもそも映画全盛期の50年代に比べるとチケット料金は約30倍になっており、興収ランクでは見慣れない旧作2本が動員数ベスト5に入っています。

3位の「明治天皇と日露戦争」が公開された57年は平均料金が62円でした。前回東京五輪(1964年)の翌65年に公開され、文字通りの「国民映画」となった市川崑監督の「東京オリンピック」も、1960万人で4位です。当時の平均チケット料金は203円だったので、当然興収ではランク外です。

NHK朝のテレビ小説「エール」にも登場したラジオドラマ「君の名は」の映画版(岸惠子主演)は、3部作(53、54年)で3000万人を動員したと言われています。推計や公称値が多いとはいえ、映画全盛期の動員力は半端なかったのです。今ほど豊かではなくても、高度成長期の当時は目先の不安より明るい未来を信じていた時代でした。近年とは映画との向き合い方、メガヒットの生まれ方が違っていたのです。

今世紀に入ってからはシネコン(シネマコンプレックス=同一施設内に複数のスクリーンを持つ映画館)が急速に増え、上映方法も変わってきました。「鬼滅の刃」は全国414館で公開中ですが、ある都内の映画館は6つあるスクリーンのうち3つで「鬼滅」を上映。映画館ごとに複数あるスクリーンで、人気作品の上映回数を自在に増やすことができるのです。

これが「千と-」の25日間を抜く10日間での100億円達成、同59日間を抜く24日間での200億円達成という最速記録を後押ししました。「千と-」の公開からの約20年で、シネコンは1123館から3165館に増えました。この差を考えると、興収、動員数ともいまだに断トツの「千と-」の記録はあらためて偉大です。さすがの「鬼滅-」も、これを抜くのは難しいでしょう。

◆鬼滅の刃 吾峠呼世晴(ごとうげ・こよはる)原作。16年2月から今年5月まで「週刊少年ジャンプ」に205話掲載された。

大正時代を舞台に、主人公の竈門炭治郎(かまど・たんじろう)は家族を殺した鬼と戦うため修業し、鬼と化した妹禰豆子(ねずこ)を人間に戻す方法を探る。映画は、昨年9、10月に放送されたテレビアニメの最終話で炭治郎と仲間たちが乗り込んだ「無限列車」を舞台にしている。

LiSA(33)の歌う主題歌「炎(ほむら)」は女性ソロアーティストとして初めてデジタル、ストリーミングの両チャートで4週連続1位を記録。「日経トレンディ」が選ぶ今年のヒット商品ベスト1位となるなど、文字通りの社会現象となっている。

◆相原斎(あいはら・ひとし) 1980年入社。文化社会部では主に映画を担当。黒沢明、大島渚、今村昌平らの撮影現場から、海外映画祭まで幅広く取材した。著書に「寅さんは生きている」「健さんを探して」など。くしくも「9・11」の日に編集局の当番デスクを担当。当時「千と千尋の神隠し」の主題歌がはやっていた記憶がある。惨劇を報じた翌日の日刊スポーツ芸能面のシングルチャートにはその「いつも何度でも」(歌・木村弓)が11位にランクインしている。