東京電力福島第1原発事故で全町民が避難した福島県浪江町で10年ぶりに酒造りが始まり、19日午後、瓶詰めが行われた。「日本で一番海に近い酒蔵」といわれた鈴木酒造店。東日本大震災による津波で蔵は流失し、避難先の山形県長井市で酒造りを続けていたが、浪江町の「道の駅なみえ」に併設された酒蔵で浪江の水と米だけで造った酒が仕上がった。今日20日、お披露目される。

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ラベルに「ただいま」と書かれた「磐城壽(いわきことぶき)ランドマーク」が次々と瓶詰めされていく。社長で杜氏(とうじ)の鈴木大介さん(47)は「午前中にしぼり上がったばかりの、浪江の米と水だけで造った酒です。多くの人に感謝の言葉として『ただいま』を伝えたいです」と、「ただいま」に込めた思いを明かした。

浪江町は津波で大きな被害を受けたばかりでなく、7キロ離れた福島第1原発事故で全町民避難を迫られた。避難指示は17年3月、一部解除されたが、日本テレビ系「ザ! 鉄腕! DASH!!」の人気コーナー「DASH村」があった津島地区など、町の84%が今も帰還困難区域だ。天保年間(1831~45年)創業の鈴木酒造も酒蔵を流され、酒造りができる場所を求めて山形県に避難した。

酒造りの資料もすべて流された。しかし、たまたま研究所に預けていたオリジナル酵母を使い、自分たちの感覚だけで造ってみると、浪江と同じ酒ができた。「鳥肌が立ちました。自分たちが造ったというより造らせてくれた。亡くなった人も近所で大勢いましたし、見えない力が働いたんじゃないかと今でも思うんです」。

町のバックアップを受け、10年ぶりの浪江での酒造りになる。施設が間に合わなかったため、今回、お披露目する酒は浪江の米と水を160キロ離れた長井に運んで発酵させたもろみを、浪江に持ち帰って醸造したものになったが、すべて浪江仕込みの酒も4月中旬以降には出荷できる見通しだ。

帰還が進まないため、稲作は震災前の4%までしか回復していない。「耕作面積は比べものになりませんけれど、30代の後継者が出てきたりしています。農家さんと二人三脚でいい原料米を育てて、震災前よりいい酒を造っていきたい。長井では酒かすを肥料にして米を育てる再利用もしました。浪江でもやって、いい相乗効果が出ればと思っています。浪江は震災前、人の暮らしが豊かだったんです。これからの浪江の人の暮らしぶりをしっかり表現した酒を造ることが大事だと思っているんです」と鈴木さんは話している。【中嶋文明】

◆浪江町 震災時の人口は2万1434人。避難指示は4年前に一部解除されたが、帰還した町民は約1600人(7%)。面積は大阪市とほぼ同じ223平方キロだが、依然84%は帰還困難区域。特産は地酒、300年の歴史がある相馬焼、なみえ焼きそば。魚も昨春、請戸漁港の競りが再開した。今日20日、グランドオープンする「道の駅なみえ」は特産がそろい、町では年間45万人の利用を見込む。