けして、歓喜だけではない。怨念、排除、決別…。毎回、いろいろなドラマを生んできた自民党総裁選が、17日に告示された(投開票は29日)。今回は河野太郎行革担当相(58)、岸田文雄前政調会長(64)、高市早苗前総務相(60)、野田聖子幹事長代行(61)の4人による選挙戦。今は自民党総裁イコール日本の総理大臣だ。永田町トップの人物を選ぶ戦いはドロドロした権力闘争の象徴で、これがドラマを生み出している側面もある。

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 昭和の時代は、歴史に残るような総裁選がいくつも繰り広げられた自民党の歴史。日刊スポーツが見てきた自民党総裁選を振り返ってみたい。日刊スポーツが、総裁選の取材を本格的に始めたのは1990年代、平成に入ってからではないかと思う。1995年、小泉純一郎元首相が最初に出馬し、橋本龍太郎氏とのガチンコに挑んだ戦いだった。出馬には推薦人が必要で、今も昔も大きなハードル。現在は20人だが、当時は30人だった。

 旧田中派の流れをくむ経世会という、圧倒的な「数の力」をバックにした橋本氏の無投票当選が予想される中、有力派閥の三塚派(現細田派)に属しながら派閥横断的な支持を目指した小泉氏。ただ、持論の「郵政民営化」への警戒感から推薦人確保は難航。出馬表明は、告示当日の朝。立候補受付の数時間前という土壇場だった。

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 小泉氏は2001年4月、3度目の挑戦で総裁の座にのぼりつめた。不人気だった森喜朗氏の後継として、党全体が劇的な変化を望んだ結果。小泉氏は当時も党内が猛反対だった郵政民営化の持論を曲げなかったが、「劇薬」の投入で変化が望まれた。若手が「党風一新」を求める今回の総裁選に、どこか通じる感もある。

 総裁選当日、マスコミや国会議員でごった返す党本部内で小泉氏の秘書を務めていた飯島勲氏(現内閣官房参与)を見かけた。声をかけると「夢がかなったよ」と感極まった様子だった。豪腕秘書として知られた飯島氏だったが、その表情から、自分が支える議員が権力のトップにのぼりつめることがいかに特別なことか、強く感じたものだ。

 飯島氏は小泉氏が国会議員になった1972年から秘書として支え、小泉政権5年5カ月も政務秘書官として小泉官邸を仕切った。小泉氏の「後継」だった第1次安倍政権の安倍晋三氏が退陣後、安倍氏の後継を選ぶ総裁選の前に、小泉氏の再登板待望論が出た。しかし小泉氏は固辞。ある別の人物を支援する認識を示した。これをきっかけに飯島氏は、小泉氏のもとを去ることになる。

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 「誰が出馬したいか」だけではなく「誰を出馬させるか」でも、水面下で激しい駆け引きがある。権力闘争だけに、怨念や「排除の論理」も渦巻く。2012年総裁選では、再び立候補した安倍晋三氏が石破茂氏を決選投票で破り当選。地方に圧倒的人気を持つ石破氏を当初こそ幹事長に起用したが、もともと第1次安倍政権や、安倍氏の盟友麻生太郎氏の麻生政権で、石破氏は政権批判の急先鋒(せんぽう)。許すことはなかった。

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 石破氏は幹事長在任中の14年8月、安倍氏が新設を検討した安全保障担当相を打診された場合も受けない考えを、ラジオ番組で発言した。双方の考えが一致しない部分があるためとしたが、首相の人事権への介入と批判を受けた。結局安倍氏は幹事長を続投させず、石破氏は別のポスト(地方創生担当など)に。この職を退任後、石破氏がポストを得ることはなかった。いわゆる「冷や飯」状態になった。

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 最近の総裁選で、石破氏は動向が注目されてきたキーマンだが、今回は出馬を見送り、河野氏の支援に回った。安倍氏と直接対決した18年、安倍路線を継いだ菅義偉首相らと戦った20年と、国会議員票を減らした。今も世論調査では一定の国民的支持を保つが、良くも悪くも1強時代を築いた安倍氏との溝は深く、国会の中と外の「人気のねじれ」に、ずっと直面し続けている。

 石破氏は18年末、安倍氏との対決に挑んで敗れた思いをインタビューで振り返り「『当たって砕けろ』という言葉があるが、砕けては仕方ない。『挑む』とは、とにかくやればいいのではなく、理解を求めていかないといけない。すごい、しんどいことですよ」と話していた。派閥(水月会)を設立した際は「私のような者でも、もし政権を担うことが望ましいとなれば(総理総裁を)目指したい」と話した。ただ、再び出番が回ってくるかどうかは、誰にも分からない。

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 自民党総裁選は候補者本人の戦いだけではなく、派閥や重鎮の「代理戦争」の側面も大きい。今回も安倍氏、麻生氏の「2A」、二階俊博幹事長、菅首相らによる水面下の駆け引きが指摘される。政界は「嫉妬の海」ともいわれ、権力を手にするまでに、超えるべきハードルは多い。票獲得の攻防や派閥や数の力という永田町のうごめき、国民の注目や期待。両者の間の溝が少しでも埋まる時、理想的なリーダーが生まれるのかもしれない。【中山知子】