新型コロナウイルス感染拡大の影響で1年延期され、無観客で実施されるなど、異例ずくめの東京オリンピック(五輪)・パラリンピックが今夏開催された。

大会スタッフとしてバスの運行案内を務めた河島ティヤナさん(25)は、陸上男子110メートル障害の準決勝当日にバスを乗り間違えたジャマイカのハンスル・パーチメントにタクシー代を渡して窮地を救った。パーチメントは無事にレースに出場し金メダルを獲得。世界から称賛された善意の行動の主人公に、改めて話を聞いた。

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河島さんは東京・有明の「海の森水上競技場」で、選手やコーチなどが利用するバスの運行案内係を務めていた。現場では運行状況を巡り、切迫した場面も多く「『何でバスが遅れるんだ』とか血相を変えて来る人もいてハプニングも多かったです」。そんな中出会ったパーチメントは「落ち着いた様子で『音楽を聴いていたら乗り間違えた』と正直に話していました」と振り返った。

パーチメントは本来の規則では選手村に戻りバスを乗り換えなければいけなかったという。しかし「それでは試合に間に合わない」と本人が答えたことから、河島さんはタクシー代として1万円を渡した。5分程度のやりとりだったといい「『必ず返しに来る』と言われたけど断りました。でも『僕は試合に出て走ってくるだけだから』って。そんな風に簡単に言うのは面白いと思った」とユーモアを交えるパーチメントを回想しほほ笑んだ。河島さんは「私は規則を破っているから怒られてもいいけど、何より大事なのは彼が試合に出ること。大ごとにならないように祈っていました」と話し「まさか金メダルを持って帰ってくるなんて思ってもみませんでした。律義な人ですよね」と笑った。

パーチメントは当時のやりとりを自身のSNSで公開した。河島さんの行動は世界中で報道され称賛された。東京都内のジャマイカ大使館には感謝式典に招待された。ジャマイカへの旅行も授与されたという。日程は「来年1月を予定していますが、コロナの状況とか、彼の予定とかと併せて調整中です」と説明した。パーチメントとはその後もSNSを通じて連絡を取り合い、今では悩みごとなども相談する仲になっているという。河島さんは一連の経緯を振り返り「世界中から肯定してもらえたような気持ちになりました。気を使い過ぎて空回ることが多くてネガティブな考えしかできなかったけど『自分はこの自分でいい』と思えるようになった出来事でした」と感慨深そうに話した。

河島さんの行動に感銘を受けた、フランスのスポーツブランド「デカトロン」が、24年パリ五輪の公式ライセンス商品のキャンペーンモデルに、河島さんを選んだ。河島さんが着用したユニホームは、ボランティアやスタッフが着る可能性があるという。パリ五輪には再びバスの運行案内のスタッフとして、参加する意欲を示し「自分にできることをして、より良いオリンピックになるように協力できたらなと思います」と笑顔を見せた。【沢田直人】

◆河島ティヤナ(かわしま・てぃやな)1996年(平8)6月12日、福岡県生まれ。24歳で上京。セルビア人の父と日本人の母、弟2人の5人家族。五輪時は旅行会社のスタッフとしてバスの運行案内係を務めた。「JS MANAGEMENT」に所属しモデルとしても活躍。