日々のニュースで「半導体」に関する話題が増えていますね。日本を代表する企業と政府が協力した新会社の設立、世界最大級の台湾のメーカーが熊本県に工場建設、台湾情勢の緊迫、半導体不足による自動車の生産停滞…。最近では半導体を使う車の電子キーについて、納車時に渡す数を当面2個から1個に減らすというニュースもありました。今や身の回りのあらゆるモノに使われていますが、知っているようで知らないことも多いですよね。半導体に詳しいフリージャーナリスト西田宗千佳さんに、「産業のコメ」の今について聞きました。

 ◇  ◇  ◇

-半導体は、電気を通す「導体」と電気を通さない「絶縁体」の中間の性質を持つと説明されますが、どんな働きをしますか

西田さん いろんな種類があります。デジカメに使われているセンサーは、光を受け取ると電気信号に変えます。フラッシュメモリーやDRAMと呼ばれるメモリーは、人間の脳の記憶のように情報を蓄える。パワー半導体は、電力を制御してモーターなどを効率よく動かします。

-普段はあまり見えませんが、日常生活でどんなところに使われていますか

例えば、家の中で時計を使っているモノです。スマホやテレビ、ゲーム機、家電などあらゆるモノに半導体は入っています。そのうちの性能がよくて分かりやすいのがスマホやパソコンで、たくさん半導体が使われています。

-現在、世界の半導体市場では、台湾のTSMCが“独り勝ち”ともいわれ、韓国のサムスン電子、米国のインテルなどとともにリードしていますが、日本でも最近、官民が協力して最先端のロジック半導体の製造を目指す会社が設立されました

ロジック半導体は、複雑な判断ができる、脳のようなものです。電気をかけた時、特定の条件下で右に行くか左に行くか分かれる回路がたくさんあり、答えが出るようなイメージです。どれも共通しているのは、ものすごく小さい、情報を蓄えるとか、光を受け取るとか、イエスノーの判断をするとかいうものが、大量に並んでいます。

-どう作るのですか

日光写真のようなものです。まずどんな仕事をする半導体か回路の設計をします。次にシリコンなどの金属の円盤の板(ウエハー)に感光する溶剤を塗り、回路を書いたものを乗せて、上から光を当てると写真のように焼き付けできるわけです。1枚の板に、同じチップを大量に並べて作ります。並べられる数は作る半導体の性能や、製造に使う技術によって変わります。切手シートのようなイメージですね(前工程)。それをケーキを切るように1個ずつ切り分けて、パッケージします(後工程)。

半導体は、小さくなるほど消費電力が下がり、性能が上がりますが、小さくなるほど難しくなります。光をより短い波長にしなければならないとか、複雑な技術を使わなければなりません。どんな半導体でも印刷ミスのようなものも出ます。例えば最初は800個しか使えないけど、徐々に1000個に近づくとか、作るほどコストが安くなっていくわけです。

-近年、世界的に半導体が不足し、例えば自動車の納期が大幅に遅れたりしています。なぜですか

いくつかの要因があります。例えば、コロナ禍で在宅勤務の増加などでパソコンや通信機器などの需要が増えたり。また米中関係によって、コロナ前から不足は始まっています。米国が中国の工場の半導体を使わないよう規制したり、装置や技術など半導体関連物資の輸出を規制したりしています。コンテナ不足など、物流の問題もある。メーカーは欠品を恐れて前倒しで集めるため、不足がより深刻になったのです。今は、種類によっては多少安定してきました。

-なぜ、すぐに増産できないのですか

まず半導体の工場を造るには、兆円単位のお金がかかります。ほこりが入らない、ほかの光も入らないなど、非常に精密な工場を造らなければならない。きれいな水も大量に使いますし、地震が少ないほうが望ましい。どこにでも造れるわけではありません。サイズが違えば、製造ラインも違います。新しい世代のラインで古い世代の半導体を作ることはできません。また例えば、自動車などで使われている半導体は10年くらい古いもので、減価償却が終わり、安く作れるようになっています。10年前の半導体の工場でも今から造ると数年くらいかかるし、値段がとても高くなり、メーカー側も使えません。自動車向けの半導体は価格に加え「安定性」も重要。性能が高い最新の半導体より、少し古いものの方が安定しているので選ばれている、という側面もあります。結果的に、自動車や給湯器など、日常で使う半導体を作る、今ある工場のキャパがすでに一杯だから、これ以上作れない、我慢してくださいとなります。

-日本は80年代には世界シェア50%超を誇っていましたが、今は10%くらいに凋落(ちょうらく)。ロジック半導体では10~20年くらい遅れていると言われます。なぜですか

いくつか理由があります。国際競争力を考えて、日本はメモリーとカメラ用のイメージセンサーを選びました。この2つの最先端工場は、日本にもあります。コンピューターのCPUは昔は日本でも作っていたけど、コストが合わなくなり、技術的にも海外メーカーにかなわなくなったので投資するのはやめ、他から買ったほうが安いとなった。日米貿易摩擦による規制もありました。

もう1つは設計と製造の分離の問題。90年代後半からロジック半導体は、設計するファブレス企業と、製造するファウンダリ企業の分業が主流になりました。それが合理的だと。設計できる人がいれば、国内に工場はなくてもいいとなった。結果的に世界中の半導体を作る会社は、台湾や韓国など東アジアの地域に集中することになりました。今も、材料や製造のための装置は日本が高いシェアを持っていますが、それだけでは半導体はできません。

-次世代半導体として「2ナノメートル」という数字が話題になっています

半導体は、回路の線の幅が細いほど性能が高くなります。線1本の幅が2ナノメートル(ナノメートルは10億分の1メートル)と思えばいいです。現時点で、米IBMしか実験に成功していないとされます。日本はまだ40ナノメートル。台湾のTSMCは4ナノメートルの量産を始めています。2ナノメートルの量産は技術を変えなきゃいけないほどのレベル。日本の新会社は、技術の方法論が変わるから、IBMの技術を吸収して台湾に追いつける可能性があるのではと、最後のチャンスだと言っています。

-なぜ日米の政府は、技術協力で合意したのですか。またTSMCはなぜ熊本に工場を造るのですか

背景には、地政学リスクがあります。世界が平和なら、台湾や韓国だけに工場があっても、誰も困りません。でも今は台湾をめぐって緊張が高まり、東シナ海などで海運に影響が出る可能性もあります。そうなると世界のあらゆる産業が困る。日本、米国、ドイツなどに生産拠点を分散し、台湾への依存度を減らしていこうというわけです。経済安全保障の重要なパーツが半導体というわけです。

-次世代のロジック半導体は、私たちの生活をどう変えてくれますか

半導体が小さくなると、縦に積んだりして性能を上げることもできるようになります。消費電力が減り、性能が上がります。例えばスマホのバッテリーがより長持ちし、処理が速くなる。AIが我々の声を認識して、マウスやキーボードの代わりにパソコンを操作したり、自動運転の実現などにも、次世代半導体が必要です。

一方、二酸化炭素の排出量を減らすために、半導体の消費電力も下げなければいけません。

-世界の半導体市場規模は現在、約50兆円とされ、30年には約100兆円規模に急成長する見通しです。日本の半導体産業は、復活できるでしょうか

一番の課題は販路や顧客です。次世代半導体は作れるかもしれませんが、製造ラインを維持していけるか。顧客のニーズに対応できるか。いかに生産調整し、計画通りに作り、計画通りに売るか。今までの国家プロジェクトも、売り先がなくて失敗した例が多いです。TSMCやサムスン電子が強いのは、顧客への対応力があり、太い顧客をつかんでいるから。TSMCはアップルやソニーをつかんでいます。数十億円くらいで安くすぐに製造ラインを作れるなら問題ないですが、工場1つ造るのに数千億円や兆円もかかる世界ですから。【聞き手・久保勇人】

◆西田宗千佳 1971年(昭46)、福井県生まれ。フリージャーナリスト。パソコン、デジタルAV、家電、ネットワーク関連などに詳しい。著書に「漂流するソニーのDNA プレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)など。