2019年に発生した台風15号は千葉・房総半島に大きな被害をもたらした。館山市で現存する最も古い旅館といわれる「にい釜」は本館が全壊したが、残った別棟2棟で約4年ぶりに営業を再開する。新型コロナウイルスのまん延で何もできず、さらに両親を相次いで亡くして途方に暮れた4代目代表の吉田有伽(ゆか)さん(57)が心情を吐露した。

台風15号は2019年9月9日未明に房総半島に上陸した。「館山は台風が来ないと信じていた」「今まで直撃されることなんかなかった」「まさか台風に襲われるなんて想像できなかった」と有伽さんはひとつひとつ確認するようにボソボソと当時を振り返った。

地面が割れるようなごう音に包まれ、気付いたら本館のあちこちで水漏れしていた。「何で旅館の中なのに雨が降るの?」と応急処置で並べたバケツや洗面器に水がたまっていく様子をただ眺めるしかできなかった。「なんとかしなきゃ」と心の中でつぶやくものの、床にへたりこんで身動きがとれなくなっていた。

屋根が吹き飛ばされた。本館周辺に瓦が散乱した。家屋が密集していたが、目立った被害は「にい釜」本館だけ。「なんでウチだけ?」と自問自答を繰り返し、途方に暮れた。

吉田家の家系図や資料は何も残っていない。「明治40年(1907年)創業で私が4代目、にい釜が館山で一番歴史のある旅館、と言い聞かされて、疑いもしなかった」と有伽さんは両親から受け継いだ言葉を信じて調べたことはなかった。「新釜旅館吉田屋」は旅館経営する前、製塩業にたずさわっていた。海水から製塩する道具として使っていた釜が起源となって旅館の屋号となったという。

数年前に「館山商店街地図」という地元の郷土愛好家のまとめた地図集が出版された。明治20年から同39年までを記録した地図に「新釜旅館吉田屋」の名前があった。台風被災後に知らされた。「両親から聞いていた歴史よりも古かった。どんな形であれ、この旅館を簡単にはつぶせない」という思いが強く残った。

台風被災から半年もたたないうちにコロナ禍で身動きができなくなった。屋根がはがれた本館は朽ち落ちて順番待ちの補修工事は1年後の20年9~10月の解体工事に変わった。心労から両親が相次いで倒れ、旅館再開の見通しも立たないままダブル介護生活に入った。20年11月に父新一さんが88歳で、23年1月に母一美さんが84歳で他界した。

残ったのは離れの別棟4棟だけ。うち2棟は自宅と倉庫、残った2棟を掃除して貸別荘にすると決めた。補修工事をした職人に「この離れは総ヒノキですよね。入り口の引き戸の木枠も特殊な波打ったガラスが仕込んである。瓦だって今じゃ生産していない貴重品」と次々にわずかに残った建物や物品に価値のあることが分かった。

一美さんの四十九日が終わり「自分の運命をなげいた。でも今思うと両親の介護をさせてもらってありがたかった。親孝行になったかなあ」と優しい表情で語り、旅館業については「何も決めていないし、決まってもいない。夏ごろには形にしたい」と唇をかみしめた。台風被災から約4年。「旅館にい釜」の看板をそのままに貸別荘2棟から再起をはかる。【寺沢卓】

◆令和元年房総半島台風被害の状況 2019年9月8日から9日にかけて千葉・房総半島に上陸した台風15号で受けた被害について、千葉県危機管理政策課復旧復興・被災者支援室などのまとめた統計では、死者25人、重傷者23人、軽傷者104人だった。住家被害では全壊514棟、半壊6963棟、一部損壊8万9889棟、床上浸水181棟、床下浸水617棟。農林水産業従事者の被害総額は約752億5870万円。中小企業を対象にすると事業社1万8658件、被害総額は約305億7200万円だった。応急仮設住宅は昨年10月に事業完了している。