今年の「土用の丑(うし)」は7月30日。いろんなものの値段がどんどん高くなっていくけれど、この日くらいは大きな国産ウナギを腹いっぱい食べたい-。そんな欲求に応えるべく静岡の老舗名物「一本焼きうなぎ」を実食。都内の路地店で提供される総重量2キロ超の「富士盛(ふじもり)」はメディア初登場の逸品だ。どちらも静岡県もしくはその周辺の国産モノだ。通常使用されるウナギの1・5~2倍のデカさ。おいしいだけではなくお得感もしっかり味わえますよ~!
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余すことなくウナギ1匹を食べられるのか?
静岡市の西側にぴったりの老舗がある。1966年(昭41)創業の「石橋うなぎ店」。ご飯とセットになったウナギ料理はウナギ1匹を使った「一本焼きうなぎ定食」(税込み5000円)1つしかない。
約333グラムの大きな3Pサイズを背開きにする。一般で使われる6Pサイズ(約167グラム)の2倍の特大ウナギだ。アタマから尻尾までを蒸さずにジカ焼き。中骨はカラリと揚げて骨せんべいにして添える。ご飯の上には乗らず、自家製ダレに絡んだウナギ1匹分が長い皿から尻尾をはみ出して視覚的に圧倒してくる。
創業者は石橋重信さんと妻幸子(ゆきこ)さん夫婦(ともに故人)。重信さんの実家が大井川河口付近の吉田町の養鰻(ようまん)池だった。家業を継がずに54年に結婚したが、同時に駆け落ち同然で実家を飛び出た。
まったく別の仕事をしたが、失敗続きで結婚12年後の66年、実家を継いだ重信さんの次男の援助なども受けながら、修業ゼロながらウナギ専門店ののれんを掲げた。一般のウナギ店と真っ向勝負はできないため、実家のまかないで食べていた一本焼きを再現してメニュー化した。他店にはない豪快さが話題となって飛ぶように売れた。
当時は、ウナギを重信さんがさばいて、長男耕二さん(66)が串打ち。さばき終えた重信さんは趣味の釣りに出掛けてしまい、幸子さんが焼き場を受け持った。幸子さんが2歳年上だったこともあり、店の代表は女将(おかみ)が兼務した。さばきは毎日当日行っていた。在庫がなくなると、お客が釣りをしている重信さんを探して店に連れ帰ることはしばしば。その重信さんは81年、46歳で急逝。以後、串打ちの耕二さんがさばきも受け持った。
重信さんが亡くなって4年後、耕二さんと20歳で結婚した悦子さん(57)が幸子さんの弟子になった。幸子さんが85歳で引退した2018年、悦子さんが2代目女将に就いた。その3年後、幸子さんは88歳で他界した。「この店は女が焼き場担当。お義母さんの教えを守っていく。捨てるところのないウナギをもっと多くの人に知ってもらいたい」と悦子さんは話す。
今は耕二さんがさばき専門で、15歳から店を手伝う長男竜(りょう)さん(35)が串を打つ。物価高が続く中だが、家族経営で人件費を抑え、名物を守っている。「お客さんにおいしいと言っていただけることが支えなんです」と悦子さんは胸を張った。【寺沢卓】
★一本うなぎ・実食
タレだけなめると、香ばしくて甘く濃厚。力強さを感じた。ウナギ、負けちゃうかも…と思わせる。ふっくらと肉厚なウナギの身に箸を立てる。皮がゆっくりと伸びて身から離れずにきれいに裂けていく。断面にタレを絡めて口に放り込む。
あれ、皮ってこんなに甘かった、っけ? ふんわりした身も主張してきて、タレとの相性も抜群。アタマは骨が硬めだけど、身は軟らかで味が深い。尻尾も尾ビレのカリッとした香ばしさが口から離れない。
ご飯は静岡県の木製伝統工芸の弁当箱「井川メンパ」にぎっしり入っている。保温性にすぐれていて、炊きあげたご飯がうまい。自家製のヌカでつけた漬物、肝吸いも優しい味付け。生まれて初めて丸ごと1匹のウナギを食したけれどとてもおいしく味わえました。
▼ウナギのサイズ 生きた個体は1キロ当たりで同じ大きさをそろえて取引される。3匹ならば「3P」(1匹当たり約333グラム)、4匹「4P」(約250グラム)、5匹「5P」(約200グラム)、6匹「6P」(約167グラム)。年間生産量約1000トンで昨年は全国シェアで約6%だった浜名湖養魚漁協(加入は浜松市、湖西市の27軒)の広報担当は「重箱のサイズに合う5P、6Pが主流。ここ5年は大きな4Pの取引も増えてきた」。2P(約500グラム)も取引対象になるが「これまでに1P(約1キロ)は見たことがない」と話している。
■5匹入ったウナ丼
大きな国産ウナギは都内でも食べられる。店名をメディア非公表にしている台東区内の路地のウナギ専門店で総重量2キロ超の「富士盛」という巨大なウナ丼もメニュー化している。
14年前に神保町で開業した店が原形で、2021年に現在の台東区に移転。当初は代表男性(氏名・年齢非公表)が営業していたが、今年3月から弟子で店長見習の石川雄二さん(53)が仕切り、新たな店名にした。再出発して約100日になるが、富士盛のオーダーはまだなかった。
そこで今回の取材で予約を入れて、ちょっぴり大柄な成人男性3人で食べきれるか挑んだ。富士盛で使うウナギは静岡~愛知の養殖池産の1匹250グラム前後の4Pサイズ。通常のウナ丼で使われる6P(約167グラム)の1・5倍。5匹を使いご飯だけでも5人前以上の約1・3キロ。税込み1万5000円だが、5人で食べれば1人3000円とかなりお得だ。
記者も含めなんとか3人でウナギ5匹を平らげた。最後はおにぎり2つ分できるぐらいのタレの染みたご飯が残ってしまい、持ちかえることになった。富士盛、なかなか強敵だ。
ウナギ1・5匹分の「特上」(同4800円)、2匹分「みやび」(同6000円)は、うまさと安さも手伝って連日リピーターが押し寄せている。
石川さんの師匠でもある代表男性は「まだ、店名は明かさない。路地で散歩がてら見つけてもらう謎の店にしたい」と口コミでの拡散を狙う。大きなウナギをお得に食べられる秘密は? 代表男性は「市場に回しにくい育ちすぎた大型を買い付ける。これ以上は秘密」と話し「富士盛は宴会でウナギをみなさんに楽しんで食べてもらいたいからつくったんです」と照れた表情で顔を伏せた。