おなかのがんになっても、すぐに手術を受けられなくなる危機が迫りつつあります。消化器外科医が激減し続けていて、このままでは2040年には約5200人も不足する見通しです。なぜ、こんな状況になっているのでしょうか?
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消化器外科医は、食道~十二指腸~盲腸~大腸~肛門といった食べ物の通り道と、肝臓、胆のう、膵臓などおなかのがんや緊急の病気を担当。日本消化器外科学会の医師は、日本外科学会約4万人の半分近くを占めます。各学会の手術症例数をみても、消化器が年間約90万件と突出して多く、次が心臓血管外科の約37万件。消化器外科の手術は、各部位のがんのほか、虫垂炎、腸閉そく、胆石、腹膜炎、消化器に穴があくなどさまざまなものがあります。
厚生労働省の検討会が今夏に公表した「40年を見据えたがん医療提供体制に関するまとめ」によると、がんの患者数は40年に105万5000人と、25年の102万5000人に比べ3%増加すると推計。最初の手術を受ける患者数は、25年の46万5000人に対し、40年は約44万人で約5%減と見込まれています。
一方で、消化器外科医は毎年大幅に減少しており、10年前に比べ約10%も減少。他科の外科医が増加か横ばいで推移する中で、減っているのは消化器だけです。消化器外科学会では、65歳以下の医師は毎年約400人減少と推計。厚労省は、消化器外科医が25年の約1万5200人から、40年には約9200人と約4割も減少し、40年に必要な外科医は約1万4400人のため、約5200人不足すると見込んでいます。その上で「現在提供できている手術療法ですら継続できなくなる恐れがある」と危機感を強調しています。
消化器外科医が激減している背景には、他の医師に比べて仕事が多い一方で、その激務が収入などで正当に評価されておらず、若手から敬遠され選択されなくなっている現実があるそうです。
日本消化器外科学会理事の富山大・藤井努教授によると、消化器外科医は本来の仕事のほかに、抗がん剤治療、救急対応、内視鏡検査、麻酔、緩和ケア、栄養管理、ICU管理など、1人で何役もこなすのが普通。例えば、平日は朝7時半に出勤→病棟回診→外来や抗がん剤治療→5分でランチ→手術→患者らへの説明→業務や学会準備など→深夜に帰宅→帰宅後に緊急手術で呼び出し~こんな一日もよくあることだそうです。「本来はそれぞれの専門家がやるべきですが、どこも人手不足。消化器外科医はそれらの仕事もできるので、患者さんのため、病院を動かしていくためにやらざるを得ません。地方では特にその傾向が強い。それが他の科と違うところです」(藤井教授)。大学病院の場合、教育や研究にも影響があるそうです。
これほどの激務を頑張っても、基本的に給料は他の科と同じだそう。特に大学病院の医師は、一般病院の医師に比べて給与水準が低く、国立大学病院の場合は、ほかの学科と同じ給与体系です。「私の給与明細を見れば驚くと思います。仕事の合間や休日の時間を削って外部でアルバイトをしなければ生活していけません。本来はその時間を患者さんを治療したり、研修医を教えたり、研究などに使いたいのですが。例えば夜間の緊急手術は手当が出ないところがほとんど。タクシーで駆け付けると足が出ます。自己犠牲でやってきましたが、もう限界に達しています。私も何度も辞めようと思ったことがあります」(藤井教授)。
消化器外科学会の調査で、「後輩に消化器外科医を勧める」と回答したのは38%、「自分の子どもに勧める」はわずか14%にとどまっています。目指したのに選択しなかった理由は、ワークライフバランスの確保が難しい、医師不足で過酷なイメージ、訴訟のリスクが大きいなどの声が多いそうです。
24年4月から医師の働き方改革も始まりましたが、消化器外科学会の「施行後、働きやすくなりましたか?」のアンケートでは「変わらない」が53%。診療に制限が生じる可能性があるなど、新たな問題も生まれています。希望する働き方改革については、主治医制からチーム制や複数主治医制への移行、医療事務の充実などの意見が多い。改善してほしい点については、手術に対する対価、給与体系や業務内容の見直しを求める声が多いそうです。
藤井教授は働き方改革以前から、夜間や休日の完全当番制度、チーム制、長時間手術でメンバー交代を導入するなど業務改善に取り組んできました。「全国でさまざまな改善の試みも増えていますが、仕事量、手術件数は変わらない。患者さんを助けなければなりません。働き方改革だからと手術を半年待ってもらうことはできません。ただこのまま消化器外科医が減れば、近い将来にがんの手術は数カ月待ち、救急でおなかが痛くても手術ができないなどの状況になります。手術が遅れて、がんが進行したり、救える命が救えなかったりすることが現実になります。すでにそういう病院が少しずつ増えています。昔は18時や19時開始で23時まで手術することもありましたが、働き方改革でできなくなりました」と藤井教授は指摘。その上で「私たちは高い給料がほしいわけではなく、患者さんの命を助けるために正当な評価をしてほしい、休むことも理解していただきたいのです。若い医師には、それなりのお金と時間と仕事のバランスが必要です」と訴えています。
危機感を募らせている消化器外科学会は今年2月にHP上で「国民の皆様へ」という文書を発表。「この状況が続くと、近い将来(早ければ10年以内にも)、地域における消化器外科の診療体制の維持が困難になります。この消化器外科医不足に対し、今すぐにでも改善のための対策を行わなくてはならない、危機的な状況であると言えます」と強いメッセージを発信しました。休日・深夜・時間外の緊急手術については、一定の加算がつきますが、まだ十分ではなく、多くは病院収入増に使用され、消化器外科医に対するインセンティブに結び付いていない現状もあるそうです。学会は、消化器外科医を少しでも増やすため、手術時間や難易度などを反映した報酬制度、集約化などの要望を挙げ、待遇改善や安心して働ける環境づくりを国に求めています。
厚労省は、40年を見据えたがん医療提供体制の報告書で、地域の実情に応じて均てん化を推進するとともに、拠点病院などの役割分担を踏まえた集約化を検討することが重要などの方針を掲げました。また来年の診療報酬改定に向けた方針案に、医療従事者の賃上げや人材確保の取り組みを盛り込みました。
日本の消化器がんの手術は、術後30日以内死亡率でみると欧米に比べて圧倒的に成績がよく、世界から高く評価されています。だれにでもリスクがあるおなかの病気。消化器外科医が増えて、これからもいい治療を受けられるよう、理解を深め応援したいものです【久保勇人】
◆久保勇人(くぼ・はやと)1984年入社。文化社会部、アトランタ支局、スポーツ部など経験。

