ゴールドシップなどの名馬を担当した今浪隆利元厩務員(64)が、夢いっぱいの競馬人生を振り返る、手記連載「今なお夢の中」(全5回)。第2回はゴールドシップ前編。

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ゴールドシップとの出会いで、人生が大きく変わりました。僕にとって一番大きな存在だと思います。

実は2歳の時はおとなしかったんです。僕が乗って運動していたぐらい。今では信じられへんけど…(笑い)。3歳の共同通信杯の前からだんだんやんちゃが出てきました。ある日の調教へ行く時に急に立ち上がったりジャンプしたり暴れだしました。それが止まらなくて、いったん厩舎まで戻って落ち着かせました。

皐月賞の前後にはさらにひどくなりました。牝馬に馬っ気を出したり、近づく馬を威嚇したり…。「殺される」と思ったこともあります。馬房の中で急に追いかけてきて蹴りにきたんです。「コイツ、本気や…」と、はいずって逃げ出しました。それからは馬房に入る時に必ず手綱をつけて壁につなぐようにしました。

アイツは“自分の世界”に入る時があって、それを邪魔されるのが一番嫌いでした。その時は馬房の奥の方でじーっとしていて、前を通っても何の反応もしません。でも、馬房に入ると怒り出します。だから、そっとしておきました。

秋の神戸新聞杯からは本馬場入場で飛び出していく癖がつきました。それがすごかったのは菊花賞の時で、僕は引っ張られて誘導馬に肩からぶつかり、ウチパクさん(内田騎手)は顔面パンチ(馬の頭や首が当たること)をくらいました。ただ、そういう性格がちょっとずつ分かってきて、どうすればいいかも少しはつかめてきました。

アイツに会うまでは重賞を1つ勝っただけだったのが、G1だけで6つも勝ってくれました。あれぐらい走る馬を担当すると、普通はレース中のプレッシャーがきついですが、ああいう性格なので逆にレース以外の方がきつかったです。何をするか分からないので、暴れた時のけがや放馬だけでなく、周りの馬を蹴ったりする心配もありました。

だから毎日ずっと気が抜けません。いつも厩舎から調教コースまで付き添っていたので、計ってみたら1日3万歩以上。しかも歩きにくいウッドチップなので、足腰にこたえました。食べても食べても痩せて、体重も5キロぐらい減って50キロを切りました。

それでも、大きなけがもなく、毎年のローテーションをすべてこなせたことには達成感がありました。やっぱりレースに出ないと勝つチャンスもありません。無事が一番というのをあらためて教えられました。

◆ゴールドシップ 2009年3月6日、北海道日高町・出口牧場生まれ。父ステイゴールド、母ポイントフラッグ(母の父メジロマックイーン)。牡。栗東・須貝厩舎。馬主は小林英一HD。皐月賞、菊花賞、有馬記念などG1・6勝。通算28戦13勝。総収得賞金は13億9776万7000円。

◆今浪隆利(いまなみ・たかとし)1958年(昭33)9月20日、福岡県北九州市生まれ。15歳で高校を中退して名古屋競馬の騎手候補生に。北海道の牧場勤務を経て、栗東トレセンで厩務員となる。内藤繁春厩舎と中尾正厩舎で働き、09年から須貝厩舎へ。ゴールドシップ、レッドリヴェール、ソダシでJRA・G1計10勝。

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