JRAは30日、熊沢重文騎手(55)から騎手免許の取り消し申請があり、2023年11月11日付で騎手免許を取り消すことになったと発表した。

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それは大雨の朝だった。数年前の栗東トレセン。熊沢騎手がなぜかビニール製のレインズボンを脱いで調教へ向かった。おそらく下半身は下着までずぶぬれになるはず。気になって理由をたずねた。

「今から新馬に乗るから。ガサガサして(音を)気にしたりしないようにね」

暗い雲の下で、細めたまなざしは優しく輝いていた。

自分のことより、馬のこと。いつも、そうだった。自身の記録について取材しようとすると「僕のことはいいんで…」と1度は遠慮する。それでも、頼み込めば照れくさそうに答えてくれた。

38年目の55歳まで「二刀流の鉄人」は突っ走ってきた。昨年2月の落馬で頸椎(けいつい)を骨折。入院だけで3カ月に及ぶ重傷で、医師からは「再起不能とも言われていた」。それでもくじけず、1年間をかけて復帰までこぎつけた。

もちろん、人馬の無事を常に願っている。今年3月に1年4カ月ぶりの勝利を挙げた時のこと。勝負服の間から白い包みが落ちた。それは小さな袋に入れた清めの塩だった。引き際を問われると、いつも同じような言葉が返ってきた。

「何も考えずに、やれるところまでやりたい。けがはしないに越したことはないけど、それを恐れてばかりではいけないし」

その言葉通り、やれるところまでやった。そう信じたい。【中央競馬担当=太田尚樹】