他馬を置き去りにする“大逃げ”でターフを沸かせたパンサラッサ(牡6、矢作)の現役引退、種牡馬入りが発表された。

今年2月に世界最高賞金レースのサウジCを制し、多くのファンに感動を与えた個性派。そんなパンサラッサを担当し、今年9月末で定年した池田康宏元厩務員(65)が、かつての愛馬との思い出を振り返った。

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最高の“相棒”だった。厩務員ひと筋50年。若い頃からG1制覇を目指し、努力してきた池田さんにとって、パンサラッサはかけがえのない存在である。かつて担当した10年ジャパンCダートのグロリアスノアは首差2着、18年中山大障害のタイセイドリームは鼻差2着。活躍馬の多い矢作厩舎にあって「周りはバンバンG1を勝っていくのに、俺は縁がないのか…」。パンサラッサは、そんな悩む日々に差し込んだ“ひと筋の光”だった。

「本当にやんちゃな馬だった。普段からしょっちゅう俺のことをかみにきて、俺の腹はパンちゃん(パンサラッサ)の歯形だらけや(笑い)。暴れ方も規格外で、蹴られたりもしたし、勝てない時は正直しんどいと思ったこともあった。けど、最後の最後にG1を2つも勝ってくれた。競馬の神様っているんだなあと思ったよ」

手のかかる愛馬だったが、最後には心が通じ合っていた。今年のサウジCを制し、ドバイワールドC出走へ向けて調整していた時のこと。メイダン競馬場のメイントラックでの調教後、約3・5キロ離れている厩舎地区まで、池田さんはパンサラッサに語りかけながら引き馬で帰っていた。

「パンちゃん、サウジでG1を勝ってくれてありがとうな。今頃、日本は大騒ぎになってるで。ほんま偉い馬になった。今度のドバイワールドCも頑張ろうな。俺は今年で定年やから、もうお前の世話ができるのも残りわずかになってるんやで。こうやって一緒に歩けるのもあと何日やろうなあ。ほんまにいっぱいの思い出をありがとう…」

すると、いつも少し離れて歩いていたパンサラッサがそばにより、時折立ち止まって池田さんの顔をじっと見つめていたという。

「あいつは俺の言葉が分かってたんじゃないかな」

話が終わると、また少し離れて歩き出す。パンサラッサと池田さんは信頼の絆で結ばれていた。

ドバイワールドCは10着に敗れ、その後、右前脚の繋靱帯(けいじんたい)炎のため長期休養を余儀なくされた。池田さんが定年する9月末までに復帰することはなく、“2人”のラストランはあのドバイとなったが、池田さんは常に笑顔でこう言っていた。

「走る馬にけがはつきもの。仕方ない。俺が言えるのは、復帰してからはとにかく無事に帰ってきてほしいということだけ。見守ることしかできないから」

復帰戦となったジャパンCは12着に終わった。結果は出なかったが、パンちゃんは大逃げを打ち、自分の競馬に徹した。そして無事に、これからは種牡馬として第2の馬生を歩むことができる。

記憶にも記録にも残る名馬パンサラッサ。“令和の逃亡者”は池田さんの願いをかなえ、ターフに別れを告げた。【中央競馬担当=藤本真育】