2000年代前半に負け続けて一大ブームとなった、ハルウララ(牝)が9日、疝痛(せんつう)で死亡した。
千葉県御宿町のマーサファームで。29歳で息を引き取った。現役時代は113戦0勝113敗。負け続けても、頑張って走り続ける馬として愛された異色の名馬だった。
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負ければ負けるほど愛されたハルウララが9日午前2時20分、29歳でこの世を去った。人間に例えると90歳近くと言われる。
現役時代の経歴は唯一無二だ。高知の宗石厩舎から98年11月にデビューし、03年12月に100連敗を喫し、最終的に0勝113敗で引退した。社会現象となり、負け続けて当たらない単勝馬券は、交通安全のお守りとして売れに売れた。また、現役時代は就職氷河期。走り続ける姿が、必死に生きる人生とオーバーラップし共感を呼んだ。
引退後は複数の牧場を渡り歩き、一時期は消息不明となったが、12年12月から同ファームで養老生活を送っていた。8時に朝カイバ後に放牧へ。昼食、昼寝をへて時に午後運動を挟んで夕食後に就寝する生活だった。14年には代表の宮原優子さんが「春うららの会」を設立。約50人の会員が出資し、余生を支えていた。移ってきた当初は警戒心が強く、小さな物音にも過剰に反応していた。一方で、離れればいなないて宮原さんを呼ぶこともあったという。
見学を希望するファンも多く、ファンに愛され続けた。「ウマ娘プリティーダービー」のキャラクターとなると、人気は海外も含めて再沸騰していた。世代を超え、最後まで愛されながら、ハルウララが旅立った。
◆ハルウララ 96年2月27日生まれ。父ニッポーテイオー、母ヒロイン(母父ラッキーソブリン)。高知の宗石厩舎より98年11月17日にデビュー(5頭立て5着)。連戦連敗を重ねて03年12月14日に100連敗。106戦目には武豊騎手が騎乗したが、10着に終わった。同日の馬券売り上げは当時の高知競馬レコードとなる8億6904万2500円を記録。同馬の単勝馬券は「当たらない」とされ、交通安全のお守りとしても重宝された。113戦0勝で現役引退。12年12月にマーサファームへ。愛称は「うーちゃん」。19年には千葉県木更津署の交通安全ポスターにも起用された。

