レジェンドが新たな金字塔を打ち立てた-。JRA武豊騎手(57)が12日の函館7R(1勝クラス、ダート1700メートル)をヒミノエトワール(牝4、宮地)で制し、JRA、地方競馬、海外競馬を合わせた通算5000勝を達成した。

JRA生え抜きの騎手としては史上初の大台到達。87年3月のデビューから40年、第一線で勝ち続けるレジェンドの歩みは止まらない。

   ◇   ◇   ◇

3頭横一戦の真ん中、武豊騎手とヒミノエトワールが先頭でゴールした瞬間、勝利を確信したスタンドのファンから大きな拍手が起きた。JRA4669勝目。地方競馬で挙げた212勝、海外で挙げた119勝と合わせ、JRA生え抜きジョッキーとしては史上初の5000勝到達。JRAの記録ではないため、公式のセレモニーはなし。ただ、函館競馬場が用意した花束を手に、祝福のうちわを持った騎手に囲まれ、激しい雨の中を来場したファンに見守られながら、記念撮影を行った。「ホッとしました。(勝利は)減る数字ではないんですけど。みんなが阻止してくれますね、2着ばっかり」。前日の10Rで王手をかけた後、2着が3回。待望の勝利に白い歯がこぼれた。

「いろんなところへ行って、1つ1つ積み重ねてきた。感慨深いです。自分で思うよりも『海外でそんなに勝ってたんだ』と。20歳のときから機会があれば行っていた。(デビュー)40年ですからね」

初めてJRAのリーディングジョッキーに輝いたデビュー3年目、89年に米国のアーリントン競馬場で初勝利。91年にサラトガのセネカHで海外重賞初勝利。94年にはフランスのムーランドロンシャン賞で海外G1初制覇を果たした。00年には米西海岸、01年にはフランスに拠点を置いた時代もある。数々の名馬とともに地方競馬のレースも制してきた。競馬の地位向上、イメージアップに務める先駆者として、JRAだけでなく、日本競馬界を引っ張ってきた。

この日、GLAYのTERUが名付け親になって注目を集めるテルヒコウの騎乗を依頼した矢作師は、5000勝達成の武豊騎手について「私もいろいろ成し遂げてきたけど、すべてにおいて別格の存在」と語った上で、「こういう数字(JRAだけでなく、地方、海外を含めた通算勝利数)を調べて焦点を当てたこと、記録を大事にすることは大きな価値があると思います」と評した。

これまでの表彰では、たとえば外国馬に騎乗して海外のビッグレースで挙げた歴史的な勝利が含まれない。矢作師もこれまでに提言してきたが、武豊騎手が6月に自身のオフィシャルサイトで言及した“通算勝利数”は今後、騎手や厩舎の評価として、より認知されていくことになる。

「函館で達成しなきゃな、と。親父(名手だった故邦彦氏)のふるさとなので」。少しホッとした表情を見せた武豊騎手は、スタンドに詰めかけたファン、関係者、函館の空に向かって、大きく手を振り、頭を下げた。

◆武豊騎手の海外G1勝利

年・国名・レース名・馬名

94年・仏・ムーランドロンシャン賞・スキーパラダイス(仏)

98年・仏・モーリスドゲスト賞・シーキングザパール

99年・仏・アベイドロンシャン賞・アグネスワールド

00年・英・ジュライカップ・アグネスワールド

01年・仏・アベイドロンシャン賞・インペリアルビューティー(仏)

01年・香港・香港ヴァーズ・ステイゴールド

07年・UAE・ドバイデューティフリー・アドマイヤムーン

15年・香港・香港カップ・エイシンヒカリ

16年・仏・イスパーン賞・エイシンヒカリ

※馬名後ろの()は所属国。ない馬はJRA所属馬