今年4月に完全試合を達成したロッテ佐々木朗希投手(20)が、岩手・大船渡高の最速163キロ右腕として国内外の注目を集め始めてから3年になる。希代の才能と交わった若者たちは今、何を思うか。それぞれを訪ねた。

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中学3年生の金野快(こんの・かい)さん(15)が朗希効果を強く感じたのは2年少々前、花巻リトルシニアの入団時のことだ。

「シニアに入った時も、当時の新聞でみんなに知られてて」

日刊スポーツが小学6年生だった彼を「朗希2世!?」と報じたのは、19年5月のこと。佐々木の大船渡高3年春の地区大会は、釜石市の平田球場で行われた。早朝5時から数百人が入場列をつくるフィーバーに。そのすぐ近くに当時、岩手沿岸の三陸エリアで話題になりつつあった大物小学生が住んでいた。

野球教室で前ソフトバンク監督の工藤公康氏から「直すところがない。お願いだから大事に育ててください」と絶賛された少年右腕は、当時は最速105キロだった。今は。「最速は136キロです。身長は182センチに伸びました」。がっちりした体つきになった。

東北随一の練習量を誇る花巻シニアで鍛え、昨冬には東北選抜の一員として沖縄・久米島での全国大会でエース格として活躍した。背番号は17。「最初は1番が良くて、ジャンケンで負けて。大谷選手や朗希選手の番号なので、17を選びました」。

すぐ近くの球場が朗希フィーバーに沸いたのに、少年野球の試合で観戦できなかった。「すごい憧れっていうか。(出身が同じ岩手)沿岸の人だったので。自分もあんな風になりたいなってずっと思ったし。朗希さんは160キロを出したんで、自分もいつか出してみたいなって」。佐々木や大谷。憧れの背中を追い掛けながら、今は進路選択に直面している。

そんな話を3年ぶりの再会で聞いた日のこと。「実はあさって、友達と仙台に見に行くんです」。偶然チケットを入手した試合が、楽天生命パークで佐々木が先発する試合。8月3日、雨にぬれながら一塁側スタンドで初めての勇姿を見つめた。せっかくなので夏休みの感想文をお願いした。以下、原文ママ。

「今日初めて佐々木朗希選手をスタンドから見ました。テレビで見ても速いなぁと思っていたけど、実際に球場で見るとすごく速くて、びっくりしました。そして何より試合前にライト側でキャッチボールしている姿が、大きく、光輝いていてまぶしく見えました。こんなに日本中、世界中から注目される選手が自分と同じ岩手県から出るなんてすばらしいと思うし、ぼくも少しでも近づけるように日々頑張りたいです。来年はぼくも高校生になりますが、日本を代表するピッチャーになれたらいいなと思います」

いつかぜひ、日刊スポーツの1面で。【金子真仁】

(この項おわり)