コロナ禍で高校野球が途絶えそうになった夏、ダブルスコア以上の年の差がある高校生と何度も接した。満ち満ちた表情で胸を張る球児がいた。県の独自大会決勝で頂点に立ったキャプテンだ。5月下旬に夏の甲子園中止。仲間は野球から心が離れ、空中分解寸前に陥ると3年生全員と個別面談した。心をつなぎ留め、誰も脱落しなかった。試合後、この夏に学んだことを問うと、こう返ってきた。
「甲子園がなくなって、あきらめかけていました。この大会が決まって、全員で優勝しようと。最後まであきらめずにやれば必ず結果がついてくるのは、この試合で学びました」
顔色を失って肩を落とす球児がいた。甲子園交流試合。同点に追いつき、勝ち越し機は、三塁走者として犠飛のタッチアップで生還するはずだった。だが、途中できびすを返し、三塁に戻りタッチアウト…。勝機は消えた。「右翼付近に影があって球が見えなくなって。右翼が捕ったように見えました。ベンチから(離塁が)『早い、早い!』って聞こえて…」。西日が差し込み、グラウンドにできた影が死角になった。
この3年生は言う。「高校に入って目標の甲子園で試合できてうれしかった」。だが、こう続けた。「悔しさの方が大きい。点数がほしくて焦りました。チームに申し訳ない」。大学で野球を続けるという。傷はすぐには癒えない。だが、いつの日か、かさぶたが心を強くしてくれるはずだ。
この夏、地方から甲子園まで、多くの高校球児に話を聞いた。勝者であれ、敗者であれ、誰もが、自分の言葉で堂々と語っていた。晴れ舞台を奪われ、たとえ志半ばであっても、前を向いて戦い抜いた証しだろう。最近の若いヤツは、素晴らしい。すがすがしい日々だった。【酒井俊作】(ニッカンスポーツ・コム/野球コラム「野球手帳」)




