ダメ押し点が入った6回。1死一塁から高山俊が放った左前打は効いた。一塁走者・糸原健斗がスタート。高山は内角高めのボール球をバットに当てて安打にした。天才肌の高山にしかできない打ち方だった。
ヤボだとは思ったけれど試合後、聞いた。「野球をできる幸せを感じているか」と。常にクールな高山だが、しっかり話した。
「そうですね。やっていて苦しいこともありますけど野球をやれない横田に比べれば、全然、幸せだと思います。きょう、打てて良かったです」
この日の試合前、横田慎太郎の引退会見があった。虎番記者・奥田隼人の記事を読んで涙が出た。「治療の副作用で髪が抜けたら父親が髪を丸刈りにして鹿児島から来てくれた」「母が仕事を辞めてまで来てくれた」…。
子を思う親の気持ちは誰しも同じとはいえ横田は素晴らしい両親を持った。若くしてその心を理解した横田も素晴らしい。プロ選手の夢は途絶えたが人として、必ず、モノになる。
その会見で高山は仲のいい先輩として花束を渡していた。それがあったので最初の質問になった。身近な同僚の引退に接し、高山も成長していると思う。
「努力すれば夢はかなう」。これは本当ではないと思っている。人間には運命のようなものがある。では努力は不要か。それも違う。大事なのは置かれた状況の中で、どれだけ懸命に生きられるか、だ。どんな状況でも精いっぱい楽しく過ごせるか、だ。そのための努力は常に必要だと思う。
健康に恵まれ、仕事面などで成功し、周囲から見て幸せそうに見えても本人がそう思えなければ意味もない。その逆もまた真実だ。苦しそうでもつらそうでも本人が充実していれば、それでいいではないか。
プロで野球をするのは信じられないような幸運の連続によるものだ。1人がプレーする陰で何人もの選手が涙をのんでいる。ましてやプロの第一線で長年プレーし、惜しまれながら引退するなどというのはもはや奇跡的ですらある。
阪神はいい試合をした。野球ができる喜びにあふれ、投手も野手も全力でいいプレーをした。それを満員の甲子園球場が見守った。9月のこんな時期になってもこういう光景がある。それを見る我々も、また、幸せだ。結果は後からついてくること。こういう光景をあと4試合で見たい。(敬称略)