大リーグ球団と阪神との練習試合となれば必ず思い出すのが04年3月のヤンキース戦(東京ドーム)だ。闘将・星野仙一から岡田彰布(現オーナー付顧問)に指揮官が代わった年、阪神はヤ軍と戦い、これを下している。
過去、日本の球団がヤ軍に勝ったのはこれが最初という。なんといっても、あのニューヨーク・ヤンキース。当時、我々を含めた阪神メディアは「阪神、世界一!」と盛り上がった。そこで記憶に残るのが当時、ヤ軍の主力だったジーターが語ったことだ。
「(阪神は)スニーキーだったな」-。スニーキー? 初めて聞く単語を辞書で調べたら「こそこそする」などとマイナスな印象のことが書いてあったが、ジーターはどちらかといえば「油断ならない」という意味で発したと思う。
その試合は、赤星憲広がセーフティー・バントによる適時打を決めたり、矢野燿大がランニング本塁打を放ったりとダイヤモンドを走り回った。右打ちもあったし、そういうところを見ての感想だったと思う。
そして、この試合だ。主力を並べたカブスを相手に快勝したのは、何よりも門別啓人の快投が大きかったと思うが、攻撃もなかなか小気味よかった。
1-0の4回、先頭の3番・森下翔太が幸運な安打で出ると二盗に成功。1死二塁で5番・前川右京に適時打が出て加点する。さらに5回だ。1死から四球で歩いた9番・中野拓夢が二盗。さらに1番・近本の四球で1死一、二塁とする。ここで2番・佐藤輝明が右前適時打をマークし、もう1点。その佐藤輝もヘッドスライディングで二盗を決めた。これは点につながらなかったが2つの盗塁がともに得点となったのだ。
「盗塁はすべてサインで」が基本事項だった前監督・岡田の2年間は盗塁数が少なくなった。指揮官が藤川球児になり、その部分は少し動き出しそうなのは間違いない。以前に球児にそのあたりを聞いたが「これからですね」と手の内を明かさなかったが…。
元監督・矢野の時代、選手全体に積極的な盗塁を推奨していたのは外野守備走塁コーチ・筒井壮だ。オープン戦中、「今年は走る?」と聞くと筒井は「まあ、普通にいくんちゃいますか」とニヤリ。もちろん、状況にもよるのだろうが、この日のように“スニーキー”に攻めるのは見ていて楽しいのである。(敬称略)【高原寿夫】(ニッカンスポーツ・コム/野球コラム「虎だ虎だ虎になれ!」)




