母校・横浜もやられたけど…身震いして見届けた

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<カナノウを語ろう(4)>

記念大会で、私の母校横浜(86年度卒)と、取材を通じて愛着のある金足農が3回戦で対戦した。8回裏、高橋くんの3ランで逆転された。「やられた!」と思うと同時に、痛快! でもあった。強豪私学を、地元中学出身者でそろえた東北の県立高が倒す。母校の敗退を、身震いしながら見届けた。

同校を取材していたのは20年ほど前。母校が松坂で春夏連覇した98年を中心に2年半ほど。98年夏、この年の秋田代表は金足農だった。県決勝では10点差をひっくり返しての優勝。甲子園では、後にロッテに入団するエース寺本を擁する明徳義塾に初戦で敗れたが、その秋は同校初の東北王者に輝き、センバツ代表にもなった。雑草軍団と称されることを、当時、嶋崎監督に聞いたら「雑草にもひとつひとつに名前がある。それを勝手にひとくくりで雑草と言っているだけ。きれいな花を咲かしたり、それぞれの役割を持っている」。中学で無名だった選手を練習で鍛え上げて花を咲かせる。練習量自慢はどの球児でも持っている。自分もそうだったが、金足農の練習量はそれを上回る半端ないものだった。監督が代わった今でも伝統は続いていると聞いた。

秋田で取材した2年半。ちょうど高校野球を過ごした期間と同じ。今でも秋田代表を母校のように応援している。強豪私学を雑草軍団が負かすシーンをまた見たい。次こそ優勝旗を!【97~99年秋田担当・飯塚誠】

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