敗退チームのドラマにスポットを当てる「胸張ってイイじゃん」を随時掲載し球児たちの奮闘に迫ります。

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炎天下の神宮。スコアボードを見つめる郁文館(東東京)佐々木力監督(59)の表情には、悔しさと誇りがにじんでいた。「就任1年目はキャッチボールもできないチームだった」。常総学院で通算6度甲子園に導いた名将が就任して3年目。創立136年目にしてつかんだ初の8強の舞台。帝京との準々決勝はあまりにも劇的で、過酷だった。

試合前夜、ワタミ創業者で同校の渡辺美樹校長(66)とスタメンについて話し合った。「厳しいストライクゾーンで投げきれるのは中村しかいない」と決断した。その中村俐穏投手(3年)は期待に応える制球力で、粘り強く帝京打線を抑え込んだ。だが147球目。8回裏、先頭の目代に同点ソロを浴び、無念の降板。佐々木監督は「中村のスライダーを打たれたならしょうがない。よく投げた」とたたえた。

この躍進の裏には、名将の背中を追った師弟の絆があった。「佐々木監督の下でやりたい」と茨城・つくば市から、郁文館の門をたたいた高野竜輔捕手(3年)だ。精神的支柱へと成長し、この日も中村を巧みにリードし、ミスした下級生も鼓舞し続けた。

スタンドで見守った渡辺校長は、自身も野球経験者で甲子園への思いは強い。13年前に野球部を「特別指定クラブ」とし、24年に佐々木監督を招請した。「佐々木監督が3年で8強、5年で甲子園と目標を掲げて、その通り3年で8強まできました。次は甲子園ですね。できることは何でもやります」と聖地を見据えた。【鳥谷越直子】