水次祥子の「MLB 書かなかった取材ノート」

ルースも一時重体?MLBに生きた100年の文献

今季開幕のめどが立たない中、MLB公式サイトと米野球メディアでは歴代ベスト選手特集や野球史などの企画ものコンテンツがめじろ押しだ。この機会にMLBの野球史の知識を深めるのも悪くないといろいろな記事を読んでいるが、興味深かったのはやはり、スペイン風邪が猛威を振るった1918年のシーズンに関してだ。新型コロナウイルス感染拡大の影響でほとんどのスポーツがストップした今、100年に1度のペースで起こっている世界的パンデミックの前回はどうだったのかは気になるところだ。

それは、第1次世界大戦が終盤に入った時期であり、ベーブ・ルースがレッドソックスのエースとして活躍していた時代だった。スペイン風邪は春に1度流行し、いったん弱まるも秋に再流行しており、MLBでも何人もの選手が罹患(りかん)していたようだ。

MLBは戦時中とはいえ、春から通常通りキャンプインし、4月に予定通り開幕した。だが軍に召集された選手もいたため各チームぎりぎりの人数でやっていたところに、風邪のため多くの選手が離脱。先発投手だったルースはこのとき、選手が足りなくなったチーム事情で打者として駆り出されることが増えており、これが二刀流として本格化するきっかけになったようだ。

そのルースも風邪にかかり、それは恐らくスペイン風邪だったと思われるが、通常の風邪薬を処方されたところ症状が悪化し入院。一時は重体になったと当時うわさが広がった。米国内のスペイン風邪の流行は深刻なもので、州によってはマスク着用を義務付けられ、MLB選手もマスクを着けてプレーしている当時の写真が残っている。

戦争の影響でシーズンは1カ月早く終了し、ポストシーズンが行われたのは9月だったが、秋のスペイン風邪流行はさらにひどかった。ワールドシリーズはレッドソックスとカブスの対戦になり、熱狂的なファンの多いボストンでは大変な盛り上がりとなり、満員の球場がスペイン風邪感染爆発の一因になったという。ボストン市では人口の20%が罹患(りかん)、その年だけで5000人が死亡。ワールドシリーズ終了後、ルースは世界一を果たして故郷ボルティモアに凱旋(がいせん)したが、再び風邪にかったという。米国内でスペイン風邪による死亡者は67万5000人に上ったとも伝えられている。

当時とは人口や環境も異なるし、医療に関しても当時は集中治療室(ICU)などというものもなかったそうなので、今とはずいぶん事情が違う。それでも約100年前のパンデミックについて多くの文献が残っているのは、MLBとしても貴重なのではないだろうか。今季もし開幕するとすればまずはアリゾナ州などの限られた地域で無観客からスタートと、開催を慎重に行う予定だという。それは、100年前の経験が生かされているともいえそうだ。【水次祥子】(ニッカンスポーツ・コム/MLBコラム「書かなかった取材ノート」)

◆水次祥子(みずつぎ・しょうこ) ニューヨーク大学でジャーナリズムを学び、現在もニューヨークを拠点に取材。03年4月8日、ヤンキースタジアムでの松井秀喜ホームデビュー戦満塁弾など球史に残る場面に多数遭遇。最新刊『野茂英雄から20年「メジャー記者の取材ノート」心に残る選手たちの言葉。』(電子書籍・ゴマブックス)

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