つくるぞ、高山球場! 阪神ドラフト1位の明大・高山俊外野手(22)が13日、千葉・船橋市内で、中学時に在籍した「船橋中央リトルシニア」の修了式にサプライズ参加した。恩返しを誓った背番号9は、恩師である掛川勉ゼネラルマネジャー(51)から専用野球場建設を熱望され、プロ入り後の活躍で恩返しを誓った。
実に壮大な計画が高山に伝えられていた。その名も「高山ボールパーク構想」。このプランの発起人である高山の恩師、掛川GMは大きな笑い声を上げながら、計画の詳細を打ち明けた。
掛川GM プロに入って打撃マシンとか買ったりするじゃないですか。そういう寄贈品はいらないから活躍して土地を買えと。高山ボールパークをつくれと。5年以内に頼むぞと本人には何回か言いました。活躍してその後に恩返しの気持ちがあったら頼むよと。
大きな願いを高山は背負うことになった。3年前から使用するようになった現グラウンドは、左翼は100メートル前後あるが、右中間には農地が広がっており、約70メートルしかスペースが取れないいびつな形状をしている。フリー打撃時にはケージの上部にカーテン状のネットを垂らし、打球が上がらないようにするしかなく、専用球場にもかかわらず試合もできない。また、高山が所属していた7年前は専用球場すらなく、近くの公園で一日中ランニングや素振りをすることもあったという。
高山ボールパーク建造はまさしくチームの悲願。掛川GMの話によれば、付近の土地買収や新グラウンド建設に掛かる費用は総額3億円ほど。本人にはGMから「契約金は取っておきなさい」と伝えられており、プロ入り後にグラウンドで稼いだ年俸からの恩返しを願っている。阪神で5年間、順調に活躍を続ければ、全額とまではいかずとも、決して不可能な寄付ではない。高山もこの恩返し案にうなずく。
高山 僕がこうなれたのは船橋中央シニアで3年間やったおかげ。恩返しをしなきゃならない場所だと思うし、そういう気持ちはずっと持っているので恩返しはしたいなと思います。
将来的にはグラウンドの他にブルペン、高山の銅像まで建てるプランもあるという。「僕がこのシニアから1人目のプロ野球選手なので、後輩たちに続いて欲しいなという気持ちがあります」。そう熱く語ったゴールデンルーキーは、後輩たちの夢も背負い、バットを振る。【梶本長之】
◆船橋中央シニア 04年創立。ホーム球場は千葉県八千代市。プロも使用する打撃マシン3台、変化球用が2台ある。千葉英和、船橋北など高校のグラウンドも使用。現在59人が在籍。高山が初のNPB入りOB。
<人名を冠した主な球場>
◆スタルヒン球場(北海道・旭川市) 同地ゆかりの大投手スタルヒン(元巨人)にちなみ、82年の完成と同時に命名。球場名に人名が使われたのは日本初。
◆川上哲治記念球場(熊本・人吉市) 99年に市営球場を全面改装した際、名前を付した。V9巨人を率いた名将は、同市の名誉市民。打撃フォームの銅像なども展示。
◆王貞治記念グラウンド(東京・八王子市) 母校早実の校地移転に合わせ、野球部専用球場として04年に建設。両翼93メートル、中堅120メートル。
◆山田久志サブマリンスタジアム(秋田・能代市) 同市の能代高出身の、往年の下手投げ名投手にちなみ08年、「能代球場」にこの愛称がついた。
◆長嶋茂雄記念岩名球場(千葉・佐倉市) 長嶋氏が13年に同市の市民栄誉賞を受賞した際に「岩名球場」から名称変更。
<球界の主な恩返し>
◆松坂大輔(西武) 入団1年目の99年、母校の横浜(神奈川)に27人乗りのマイクロバスを贈呈した。
◆新庄剛志(日本ハム) 母校の西日本短大付(福岡)へ05年、マイクロバス1台を贈った。前年04年夏の甲子園に出場した際約束したもの。新庄がデザインし、推定700万円。
◆金子千尋(オリックス) 母校の長野市立朝陽小学校に09年オフ、校内に芝生を敷設するために約110万円を寄付。
◆桧山進次郎(阪神) 京都府庁を10年オフに訪れ、児童養護施設の図書費として100万円を寄贈した。
◆森唯斗(ソフトバンク) 13年ドラフト2位で入団した際、漁業を営む実家に漁船「唯斗丸」をプレゼント。



