NHK総合で中継した7月3日の楽天-西武戦をご覧になった方は、思い出してみてほしい。サラウンド放送というか、音声多重放送というか、何かいつもと違う…不思議を覚えたのではないか。

 楽天の梨田監督は早々に見抜いていた。「慎也とベンちゃんの声がね、ホント、そっくりなんだよ。この間、NHKを見ていて『お、慎也がしゃべってるな』って聞いてた。で、5回のブレークタイムに解説者が画面に映るじゃない。完璧に、ベンちゃんなんだよな」。要は、解説の宮本慎也氏(45)と和田一浩氏(44)の声が、そっくりなのである。

 ダブル解説の場合、投手出身と野手出身のコンビが多い。イレギュラーが生んだハーモニー。確かに声だけで判別するのは難解だ。盲点の指摘かと思えば、宮本氏は「言われるんだよ。『関西弁の微妙なイントネーションで、やっと宮本さんって気付きました』とかね」。和田氏はキョトンとしていた。

 名誉のために加えておくが、2人はややハスキーで心地よい美声の持ち主。宮本氏がカラオケで歌う「ゆず」なんかは、聞きほれるくらい、うまい。

 自分にうり二つの人は、世界中に3人いる。顔の作りを構成する遺伝子の数に限りがあるから、が理由だという。うり二つの声は何人いるんだろう。イントネーションはそれぞれだし、それこそ世界中で数えるほどの確率なのではないか。

 でも、物腰というか話し方がそっくりなケースは、結構あると思う。一緒にいる時間が長いとか、人柄が似ているなどの理由で互いに影響し合い、フレーズや「間」が近似値に迫っていく。宮本、和田の両氏は声もそうだが、実は語り口が絶妙に似ている。もちろん細かな部分は違うだろうが、根っこの部分で、人柄が似ているからだと思う。

 社会人を経由して名球会にたどり着いた。酒も飲まず純に打ち込んだ野球に関して、誇りと敬意を持っている。日常はいつも朗らか、笑いじわが深い。ジョークが通じる。「まだやれる」と惜しまれつつ引退したように、一歩引いて自分を見ることができる。肩書で人との接し方を変えない。豊かなメリハリが人間味につながっている。

 「ベンちゃんはなかなか話が終わらないなぁ」。古巣である西武の関係者と打撃論にのめり込んでいる和田氏を邪魔しないよう、宮本氏は一足早く放送ブースに向かった。雨の影響で試合開始が30分遅れた。まったりしていると、和田氏が戻ってきた。野球談議が始まった。

 和田氏 打撃なら、いくらでも話せるんです。でも他が難しい。特にピッチャー。技術面は、本当に難しいです。なかなか、とっさにしゃべれない。解説者としての課題ですねぇ。どうしたらいいですか?

 宮本氏 勉強していけばいいじゃない。で、ベンちゃん。野球教室で、どうやって外野守備を教えてる? 小学生に分かりやすくって、難しいよなぁ。

 和田氏 まずは落球しない、でしょう。足の運びとかより、とにかくフライをしっかり捕ること。だからポジショニングは…。

 本番ギリギリまで、カテゴリー関係なしで野球の話をしている。それにしても、やっぱり声も「間」も似ている。

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 駆け出しのころ、彼らから学んだ財産がある。材料を取るための取材では、客観的な事実に当たっても、主観的な真実まではたどり着かない。何も飾らない、等身大のやりとりの中に真実は潜んでいる。真実には圧倒的な迫力が宿る。修羅場ならことさらで、そこに取材の髄がある。

 2007年11月30日の午後11時すぎ、場所は台湾・台中。誰もいないはずのホテル1階である。暗いロビーに両人が佇んでいた。遠くからでも分かる。いつもの感じではない。どう見ても怖い。スルーしようと思った…ロビーはガラス張りだった。「何してんの。座れよ」。星野ジャパンの主将・宮本に小さな声で呼ばれ、ソファに腰掛けた。(つづく)【宮下敬至】