2死なのに、単打が出ただけなのに、また一気に「逆転の虎」ムードが高まった。相手からすれば、たまったモノではなかっただろう。

15日の敵地ヤクルト戦。阪神は0-1で迎えた8回表2死、3番糸原健斗が中前打を放つと、すかさず代走に植田海を送った。バッテリーから明らかに警戒される中、4番ジェフリー・マルテの2球目、十分な余裕を持って二盗に成功。完封ペースだった小川泰弘の2四球を誘い、最終的に得点にはつながらなかったものの、2死満塁の好機を呼び込んだ。

今季の虎は特長に磨きをかけている。試合終盤にジワジワとかける「足の重圧」だ。ドラフト6位ルーキー中野拓夢は1度しか盗塁に失敗しておらず、22盗塁はセ・リーグ最多。近本光司も同2位の21盗塁で3年連続タイトルの射程圏内にいる。この2人の貢献度は今更説明するまでもないが、三つどもえの首位争いが激化している今秋、スペシャリストの一挙手一投足からも目が離せずにいる。

今季、ここまで5盗塁以上を記録していて30打席に満たない選手は現状、リーグで6人だけ。うち4人が阪神勢で、その成功率が驚異的なのだ。植田は企盗数9で成功8。熊谷敬宥は企盗数8で成功7。島田海吏は企盗数5すべてに成功。江越大賀も企盗塁数6で成功5だ。ちなみに残りの2人である巨人増田大輝、広島曽根海成はともに企盗数10で成功7となっている。

現在、江越は2軍調整中。それでも植田、熊谷、島田の3人で盗塁成功率9割0分9厘を誇る。失敗が許されない場面で、あからさまに警戒された場面で、この数字は特筆に値する。準備、勇気、スキルのすべてが備わった俊足が3人もベンチに控えているのだ。試合終盤、相手バッテリーが1人の走者も出したくないと窮屈になるのは、必然の流れといえる。

思い返せば、大山悠輔の逆転サヨナラ2ランが飛び出した9月4日巨人戦の直後、矢野燿大監督は陰の立役者もたたえていた。「あそこで海が相手にプレッシャーをかけられたことは無関係じゃない」。1点を追う9回裏無死一塁、代走植田の重圧が大山の劇的アーチをアシストした、という意味合いだった。

塁上に立つだけ得点ムードを作り出せる。希少な能力を持ったスペシャリストたちの存在が、1点に笑い1点に泣く頻度が高まる秋、ますます効いてきそうな気配が漂う。【佐井陽介】