前WBC世界ライトフライ級王者木村悠(32=帝拳)が、リングに別れを告げた。3月のガニガン・ロペス(メキシコ)との初防衛戦で王座から陥落し、引退を決意。「アマチュアで7年、プロで10年、紆余(うよ)曲折あったが貴重な時間を過ごせたし、悔いはない」と爽やかに語った。
千葉・習志野高でボクシングを始め、法大1年で全日本選手権優勝。アマ時代から八重樫、五十嵐らとしのぎを削った実力者だが、プロ入り時の期待はライバル2人ほど大きくなかった。「『通用しない』『日本王者も無理』…そんな声ばかりだった」と木村。実際に五十嵐、八重樫が世界王者に駆け上がる中、日本のベルトも遠かった。
道を切り開いたのは独自の、そして斬新な方法だった。08年のプロ6戦目での初黒星をきっかけに、都内の専門商社に入社。「180度自分を変えたかった。すべてはボクシングのため」と、二足のわらじで競技を続ける道を選択した。早朝のロードワーク後に出勤。仕事を終え、夕方6時からジムに通う生活を続けた。体力的な負担は増えたが、さまざまな人と接することで考え方の幅が広がり、精神的にも強くなった。14年2月に日本王座奪取に成功。32歳で迎えた15年11月の世界初挑戦で判定勝ちし、ついに夢をつかんだ。
王座在位は97日と短期政権に終わったが、ひたむきにボクシングと向き合ってきたからこそ、後悔はない。「サラリーマンをやりながら世界王者になるなんてみんな無理だと思っていたと思う。大切なのは人の声よりも自分自身が強く思うこと。マイナスの面ではなく、プラスの面を見て、僕なりのスタイルを作り上げられた」と胸を張った。
王座陥落から、ちょうど1カ月後の発表も木村らしい意味があった。1つは、スポンサー、後援者に直接会って報告するため。もう1つは、「負けたら辞めると決めていたけど、気持ちが変わらないか冷静になってもう1度確かめるため」と笑った。通算戦績は、18勝(3KO)3敗1分け。派手さはないが、「無理」の声を覆し、努力の末に頂点に立った。今後は商社勤めを続けながら、講演活動などを行っていく予定という。プロボクサーのあり方にも一石を投じる、記憶に残る選手だった。【奥山将志】


