「電気グルーヴ」の26年間を追ったドキュメンタリー映画「DENKI GROOVE THE MOVIE?」(大根仁監督)が12月に公開される。タイトルの末尾にあるようにこのバンドには「?」が多い。
<1>一過性の流行に見えた「テクノ」に軸足を置きながら、26年間一線を走り続けられた不思議<2>石野卓球(47)ピエール瀧(48)という強烈な個性が26年間並び立ち続けている不思議<3>ピエールが今や映画、テレビドラマに欠かせない「怪優」になってしまった不思議…。
<1>については、この作品であらためてその足跡を追うことが出来る。振り返ってみれば、道のりは決して平たんでない。苦境の度に修正が繰り返され、だからこそ続けられたのだ、と一定の納得感がある。
例えば、96年の出来事は画に描いたようなザ音楽業界クライシスだ。アルバム「ORANGE」のセールスが前2作に比べて大幅に落ち込み、ツアーの動員は減少、マネジャーは失踪して-。
翌97年、今度はアルバム「A」からシングルカットした「Shngri-La」がバンド最大のヒットとなり、一気に混迷を脱出する。石野-瀧のしたたかな粘り強さが伝わってくる。
5カ月ほど前に瀧にインタビューする機会があったのだが「僕は完成したものより、アクシデントに見舞われながら、そこを乗り越えて、みんなでものを作っていくという過程にどうしようもなくひかれるんですね」と語っていた。
映画製作の醍醐味(だいごみ)について答えてもらったのだが、あらためて取材メモを読み返すと、電気-の打たれ強さにつながるものを感じる。
<2>については、高1で出会って以来の親友だから、と言えばそれまでだが、やはり端々に印象付けられる「石野主導」を瀧がきっちりと受け入れているからこそ、だろう。逆に映像からは、ライブでの瀧の存在感に対する石野のリスペクトが随所に伝わってくる。終盤、リハーサル中にハケで自らをこする瀧の何げないパフォーマンスが石野のツボにはまり、笑いが止まらない。そんなに面白いか? と思うのだが、それが「2人だけに分かる」特有の世界なのだろう。
<3>については、作品中でも登場する関係者の数人が「あの瀧があれだけの俳優になるとは」と口をそろえている。が、FUJI ROCK FESTIVALでのパフォーマンスに個性派俳優の片りんがある。何と富士山を模したかぶり物で、ゆるキャラのように登場。全身を覆う富士山の中腹部分に穴をあけて出した瀧の顔の存在感が、その富士山に負けないところがすごいのだ。
「顔が古いから。平成の顔じゃないから。でかいもの。最近の子はフォルムが違う。鹿みたいな子ばかりだから、僕みたいなカピバラみたいなやつも必要なんですよ」。瀧は過日の取材で自嘲気味に自らの存在感を語っていた。
その並外れた存在感で人混み紛れることも出来ない。プライベートでサーカス「シルク・ドゥ・ソレイユ」を見に行ったときも、自分のことを知らないはずの道化師に目を付けられ、観客を呼び込むコーナーでいち早く舞台に上げられてしまったという。
ネット上で語られる2人の「伝説」には誤りも多い。一例を挙げれば、デビュー間もないころ瀧が「畳三郎」と名乗った由来について「実家が畳店だったから」というまことしやかなエピソードがあるが、これはデタラメだ。
瀧によれば「僕は普通の会社員の家に生まれました。『畳』は卓球君と打ち合わせに使っていたところがたまたま和室だったから」というのが真相だ。
だが、その珍説の出所も実は本人かもしれない。
「僕がラジオとかでけっこうデタラメ言ってますから」
電気グルーヴにまだまだまだ残る「?」の多くは実は「瀧発」なのかもしれない。【相原斎】




