1日、156日ぶりに公演を再開する東京・歌舞伎座「八月花形歌舞伎」を見に行った。東京メトロの東銀座駅で下車し、地上に出るにはエスカレーターを利用するけれど、今年3月に歌舞伎座に来た時とは、ちょっと様子が異なっていた。いつもなら、乗るのに列を作って少し待つエスカレーターに、すんなりと乗れた。地上に出ると、歌舞伎座前には、取材のテレビカメラクルーの姿だけが目立って、お客さんの姿は少ないように思った。それもそのはずだろう。感染予防の観点から、座席は前後左右を空け、桟敷席、幕見席もないため、販売された客席は1808席から823席と半分以下に減っていた。

劇場入り口では、手指にアルコール消毒液を吹き掛けられ、検温チェックも受けた。チケットも半券を自分で切り取り、小さなかごに入れた。今回は筋書きは販売されず、代わって、無料の小冊子がロビー中央の台に置かれていた。そして、いつも見慣れた、ロビーに出演俳優の番頭さんたちが座る机が並び、華やかな着物姿の奥様たちが立っている光景も消えていた。売店も1カ所だけで、水、お茶、のど飴の販売だけ。座内にある「吉兆」などの食事処も閉鎖され、営業しているのは1店のみで、土産処「木挽町」や喫茶室「櫓」も座内から入ることができず、一端、外に出ないと、入れない。すべてが、感染予防のためだった。

午前11時に第1部「連獅子」の幕が上がり、片岡愛之助、中村壱太郎が登場すると、禁止された大向こうの「かけ声」の代わりに、観客の拍手がいつもよりもひときわ大きく、長く続いた。長唄、鳴物の奏者、後見も特製の黒いマスクを着用し、出演者も距離をとって演じた。舞台稽古では、後見はフェースガードだったが、この日からは黒いマスクに変わっていた。この黒マスク、すっきりとしていて、舞台に溶け込んでいて、違和感はなかった。

幕が下りると、観客からの拍手はしばらく続いた。初日を見守った松竹の迫本淳一社長は「カーテンコールを求める観客の皆さんの拍手に感動しました」と話した。同じく、1階の最後方席で見ていた、愛之助夫人の藤原紀香も「お客様の拍手が心からうれしかった」と目を潤ませた。

公演中も扉を開放して換気を促し、各部ごとに、出演者、スタッフを総入れ替えし、他の部の出演者との接触を回避した。第2部は中村勘九郎、中村扇雀らの「棒しばり」、第3部は市川猿之助、中村七之助の「吉野山」、第4部は松本幸四郎、市川中車らの「源氏店」と続いたが、どの部も登場した時の拍手と、幕が下りた時の拍手がいつも以上に大きく、長かった。再開を待ちわびた歌舞伎ファンの、「待ってました!」の思いがこもった拍手だった。【林尚之】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「舞台雑話」)