所属タレントの闇営業問題に端を発する吉本興業の騒動は、対応のまずさによって創業107年の看板に大きく傷がつく事態となっている。「興行師は間を外したら命取り」。先月、吉本興業創始者吉本せいの半生を描いた舞台で聞いたせりふが、ずしりと重く感じられる。

作品は、女優藤山直美が吉本興業創始者、吉本せいを演じた「笑う門には福来たる~女興行師 吉本せい~」(新橋演舞場)。1912年(明45)、寄席経営から興行の世界に飛び込んだ主人公が、夫の死や戦争などさまざまな苦難を乗り越えながらお笑い王国を築くまでを描く。

寄席経営としては後発としてスタートしたせいが、のれんを大きくする過程で社員たちと何度も口にするのが「興行師は間を外したら命取り」というせりふだ。

キンキンに冷やした冷やしあめで客の心をつかむ1歩から、スター落語家桂春団治を口説き落とした奇襲、戦後の焼け跡から芸人さんと1からやり直した切り替え力…。商機の間をつかむせいの才能は、人の心の間をつかむ才能とセットなのだということがよく分かる。ほかにも「お客さんに命をかける」「芸人さんは宝。それだけは忘れんといて」。命である客も、宝である芸人さんもどん引きさせ、後手後手で迷走する現経営陣の間の悪さを、せいはどう見ているのだろうか。

「大阪の笑いを東京に」という夢自体は後継者たちの奮闘でかなったけれど、今のような、タレントファーストを置き去りにした巨大企業化を夢見たわけではないと思う。赤坂の東京事務所が日商岩井の裏あたりの小さなオフィスビルで「東京支社」に格上げになった92年ごろを取材したことがある。吉本が東京で成功するなんて誰も予想しなかった時代。幹部が大阪の笑いの可能性を熱心にPRしてくれて、ビジネスというより、演芸屋さんの熱い商売っ気という感じで痛快だったのを覚えている。

今思えば、当時はまだ「興行師は間を外したら命取り」を肌感覚で実践していて、「東京で吉本が成功するんだろうか」というこちらの心の間を、ぐっとつかみに来たのだと思う。

話を舞台に戻せば、「吉本を立て直すのはお客さん」というせりふも重い。戦争で、劇場も何人かの芸人さんも失い、屋根のないところから再スタートする吉本せいが語るせりふだ。笑いにお金を払ってくれるのはお客さんである以上、「すべてはお客さんのために」。芸人さんたちと思いをひとつに、困難を乗り越えていった。お客さんへの実直さと、芸人さんファースト。創始者が体現した客商売の心得で、1歩ずつ進むしかないのだと思う。【梅田恵子】(ニッカンスポーツ・コム/芸能記者コラム「梅ちゃんねる」)