世界的に知られる映画監督の1人、台湾のホウ・シャオシェン監督(76)が、アルツハイマー病と診断され、引退したと25日、地元の台湾メディアが報じた。新型コロナウイルス肺炎にかかり、後遺症の影響で映画製作が滞っていることなどが報じられていた中の、突然の引退報道だった。台湾メディアは「診断を受けて回復した後、彼は完全に家庭生活に戻り安らかに休んでいます。心身の状態は安定しており、重大な問題はありません。今は病気だが、神に感謝したい。私たち家族は昼も夜も仲良く過ごすことができ、より緊密な関係を再構築するために、家族に平和に暮らせる場を与えてください」との、家族の声明も伝えた。

ホウ・シャオシェン監督には、忘れられない思い出がある。2015年(平27)5月に世界3大映画祭の1つ、カンヌ映画祭を現地取材した。同年には、妻夫木聡(42)が出演した、同監督の映画「黒衣の刺客」が、最高賞パルムドールを争うコンペティション部門に出品されていた。世界的巨匠ホウ・シャオシェン8年ぶりの新作ということで、5月22日の公式上映は監督、俳優陣の入場時からスタンディングオベーションが巻き起こり、上映後も10分強も拍手が起きた。

ただ、記者は公式上映で初めて見た本編のエンドロールの最中に、首を傾げていた。妻夫木が演じた遣唐使船乗組員の日本人青年の妻を演じた俳優として、出演した1シーンすら見つけられなかった、忽那汐里(30)の名がクレジットされていたからである。上映後、一緒に見た日本メディアの面々の確認したところ、記者を含む若干名が「忽那さん、出ていなかったよね?」と意見が一致した。カンヌ映画祭初参加の妻夫木が、公式上映で初めて本編を見て「映像が美しくて、何度も粘って撮り直していたホウ監督は、やはりすごいと感動した」と熱く語るのをよそに“忽那汐里の謎”のことばかり考えていた。

そこで直接、ホウ・シャオシェン監督に、出演シーンが皆無だったであろう、忽那の名が、なぜエンドロールにあったのか? と尋ねた。同監督は、妻夫木が演じた遣唐使船乗組員の回想シーンとして、父の代わりに船に乗るために妻と別れたシーンを撮影していたと明かした。そして「自分も気に入っていて、カンヌ(映画祭に間に合わせるように作った)バージョンにも最初は入っていたが、スタッフから『青年が嫁のところに帰って行くように見えたらスー・チーが、かわいそうだよね』と言われて切った」と、主演の台湾の女優スー・チー(49)を配慮したスタッフの提案で、忽那の出演シーンをカットしたと、あっさりと認めた。

その上で「日本バージョンでは(カットした忽那のシーンを)戻そうかと。(好評なら)彼らが、その後、どうなったかも撮ろうと思う」と、日本バージョンの製作や続編にも強い意欲を見せた。ただ、関係者は、日本版の再編集など今後については未定だと強調した。そんな中、ホウ・シャオシェン監督は監督賞を受賞。スピーチでは「(コンペティション部門に)7回出品しているが、映画作りは本当に難しい。監督賞は大きな励みになった」と喜んだ。

それから3カ月後の同8月3日に、ホウ・シャオシェン監督は「黒衣の刺客」の日本公開が1カ月後の同9月2日に迫った中、来日して都内で会見を開いた。駆けつけた忽那から花束を贈られると、撮影に5年もかかった上、忽那の撮影も5年前に終了していたことを明かした。そして「すごく大きくなり、きれいになってオードリー・ヘプバーンみたいだと思った」と、忽那の成長ぶりに目を細めた。

そして、日本では、自らの強い希望で再編集した日本オリジナルのディレクターズカット版を公開する考えを明らかにした。複数の関係者から「ホウ・シャオシェン監督は、妥協せず、可能な限り良い作品にするため、再編集するのが好き」と聞いてはいたが、日本オリジナルのディレクターズカット版を作るには先立つ資金が必要で、カンヌ映画祭の際は未定の状態だと関係者が漏らした。その状況を打破し、自らが気に入っていた忽那のシーンを戻した日本版を、有言実行で作り上げた。忽那が「撮影がどの程度進んでいるか全然、分からない中、やっと完成した作品を見ることができた。研ぎ澄まされたメッセージがあって、今の時代に多くの日本人の方に理解してもらえたらうれしい」と語るのを、ホウ・シャオシェン監督は横で静かに聞いていた。孫を見る祖父のような優しいまなざしが、忘れられない。【村上幸将】