昨年12月の第56回日本作詩大賞で、いではく氏(82)が初の栄冠を手にした。受賞作は三山ひろし(43)の「北海港節」。三山の半生を漁師に例えて表現した。海は演歌定番のテーマだが、新しい言葉、表現の追求が評価された。旧全国モーターボート競走会連合会の教官を務めた異色の経歴を持つ。その後、作曲家・遠藤実氏の秘書となり、腕を磨いた。特に「北国の春」は傑作として、今も世界で歌われている。受賞の喜びなどを聞いた。【笹森文彦】
第56回日本作詩大賞は昨年12月9日に、BSテレ東で生放送された。16作品の中から三山の「北海港節」で、いで氏が初めて大賞に輝いた。
「何回かノミネートされていますが、自分は歌い手さんがクローズアップされれば、それでいいと思っていました。もちろん光栄です」
「北海港節」は三山の15周年記念曲。高知から上京し、作曲家中村典生氏の弟子となった。その次女と結婚し、人気歌手になっていく半生を、漁師の生きざまに例えて表現した。作曲家・弦哲也氏が勇壮なメロディーを付けた。三山は清涼感あふれるビタミンボイスで、ふるさとや家族を歌ってきた。まさに新境地となる作品だった。
「三山さんはソフトなイメージがあった。今回は海の男で、あまりおとなしいと海にのまれちゃうので(笑い)。荒っぽさや力感を感じる歌詞にしようと思いました」
船が真っ逆さまに落ちるような荒波での修業の厳しさを、「地獄落とし」と表現した。師匠を1番の歌詞で「ししょう」、2番で「オヤジ」と歌わせた。深まる信頼関係を、読み方を変えることで伝えた。夫婦となった新たな門出を、歌詞ではあまり使わない「新造船」という言葉に託した。
審査員の1人は「言葉を磨いて、削って、仕上げてある」と高く評価した。
「常に新しい表現、言葉がないか探りながらやっています。聞く人が『何かと同じじゃん』と感じてしまうと、歌に対する興味をなくしてしまう。真剣に、前向きに、新しいものを作っていこうという気概がないと、(演歌は)衰退していくばかりと思う」
異色の経歴を持つ。大学を卒業し、サラリーマンになった。それも別世界の全国モーターボート競走会連合会(現日本モーターボート競走会)に就職。選手育成の教官も経験した。
「実は学生時代、山岳会にいて、仲間4人と当時のお金で1人100万円ためて、いつかヒマラヤかキリマンジャロに行こうと約束した。それで、給料の高かった連合会に就職したんです(笑い)。山岳やっていたから運動神経は良かったので、操縦とかは常にトップでしたよ。選手より技量や知識が下だと示しがつきませんから」
ところが他の3人は貯金ができず“脱落”した。仕事は楽しかったが、夢を失い、心に穴が開いたようになり、連合会を4年で退職。他の仲間と英語教材の会社を起こした。教材のBGM(背景音)を集める仕事もあり、その関係で作曲家の遠藤実氏と出会った。作詞に興味があり、遠藤氏に「僕のところで作詞の勉強をしたら」と誘われた。約6年のサラリーマン生活を経て、28歳で遠藤氏の秘書となった。
2年後の73年にプロデビューし、76年に大ヒット曲「すきま風」(杉良太郎)を手がけた。そして翌77年に傑作「北国の春」(千昌夫)を生む。いずれも作曲は遠藤氏である。
「メインのA面(「東京のどこかで」)が完成して、遠藤先生に『B面は任せる』と言われた。4月発売予定だったので、ふるさと長野の春の訪れを思い出して書いた。それを読んだ遠藤先生が10分ぐらいで曲を付けたんです」
歌詞に特定の地域は出てこない。東京生まれの遠藤氏は戦時中、新潟に疎開していた。千は岩手・陸前高田市生まれ。すぐ「北国の春」に共感した。A面になり、ロングセラーとなった。台湾、中国、シンガポール、マレーシアなどアジアで歌われた。南国でも歌詞を変え親しまれた。
<歌詞>白樺 青空 南風
こぶし咲くあの丘 北国のあゝ北国の春
「頭2行で春が来たということを絵柄的に表すために、映像のフラッシュバック(短いショットを複数つなぐ編集技法)のように書いた。僕は定型詩を意識しません。自分が感じたまま書く。それが功を奏したんでしょうね」
11年3月11日の東日本大震災では、復興への象徴的な歌となった。いま、能登半島地震で多くの人々が避難生活を余儀なくされ、極寒に耐えている。
「復興のために、この曲がまた心の支えになってくれればと思います」
◆いではく 本名・井出博正。1941年(昭16)11月22日、長野県南牧村生まれ。早大商学部卒。作詞家デビュー作は「親子流し唄」(一節太郎)。09年「比叡の風」(北島三郎)で第51回日本レコード大賞作詞賞。主な作品は「欅伝説」(さとう宗幸)「早春情歌」(小林旭)「昭和流れうた」(森進一)など。06年に文化庁長官表彰、15年に外務大臣表彰。日本音楽著作権協会(JASRAC)の第16代会長。松尾芸術振興財団理事。趣味はゴルフで、最近もエージシュート(年齢以下のスコアでのホールアウト)を達成。
■阿久悠氏 大賞最多8回
日本作詩大賞は1968年(昭43)に始まった。日本作詩家協会が主催し、主に演歌・歌謡曲が対象。作品や歌手ではなく、作詩者が受賞する。当初はNHKで生放送された。現在はBSテレ東が生放送している。日本作曲家協会が主催する日本レコード大賞と並ぶ年末恒例の音楽賞である。過去、大賞は阿久悠氏が最多の8回受賞している。現在の審査委員長は音楽評論家の富澤一誠氏。
■「新しい引き出しをいただいた」三山
三山はいで氏の大賞が決まると涙ぐんだ。かつて取材に「(海という)新しい引き出しをいただいた。1つ1つのチャレンジは壁であり、それを乗り越えることで自分の歌世界が広がっていくと思います」と話した。10日発売の新曲「恋…情念」(作詞原文彦、作曲弦哲也)も初挑戦のテーマ。燃え上がる恋心を歌い上げる。「(可能性を)作家の先生方にどんどん引き出していただいています」と感謝した。



