元TBSアナウンサーで、同局の人気音楽番組「ザ・ベストテン」の司会や、テレビ朝日系「ニュースステーション」のキャスターとして知られた久米宏(くめ・ひろし)さんが今月1日、肺がんのため亡くなった。81歳。所属事務所「株式会社 オフィス・トゥー・ワン」が13日、公式サイトで発表した。
久米さんと、早大の学生だった10代のころから親交があった田中眞紀子元外相は13日、日刊スポーツの取材に、久米さんとの思い出を語った。
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久米さんの訃報は13日の昼、共通の知人からの連絡で知り、すぐに妻の麗子さんに連絡を取った。「(久米さんに)実際にお目にかかったのは前のことですが、電話でいつも話していました」。最後に電話で言葉を交わしたのは、約4カ月前。「何してる?」などのやりとりをしたが、2カ月前に連絡した際は久米さんと直接話すことはかなわず、夫人に「よろしく言っておいてね」と、言葉を託す形になったという。久米さんはこの4カ月ほど、入退院を繰り返していたと聞いたという。
出会いは大学のキャンパス。自身は商学部、久米さんは政経学部。大学の「劇団木霊(こだま)」に所属し、演劇の舞台でともに活動した。「彼はサルトルの作品で主演を務めたりしていた。背が高くてカッコ良くて、モテていました」。
大学卒業後、高速道路で車を運転していると、カーラジオから聞き覚えのある声が流れ、思わず連絡を取った。アナウンサーになった後も、大学のころと変わらない軽妙なキャラクターが受け入れられたのは、「彼の人徳だと思う」。国会議員になった眞紀子さんがテレビに出ると、「見てる、見てる」と、連絡をくれたこともあったそうだ。
眞紀子さんは「大学のころから、会うといつもおしゃべりをしていた。お互いにマスコミのプロ、政治のプロの立場になってからも、大学時代に戻ったようにふざけ合いながらおしゃべりしていました」と振り返る。久米さんとのなにげないやりとりのすべてが思い出だといい、「頭がよくて、明るい人だった。さみしいですね」と、しのんだ。【中山知子】



