美輪明宏(みわ・あきひろ)さん(本名丸山明宏=まるやま・あきひろ)が20日に老衰のため死去したことが28日、公式サイトで発表された。91歳。演劇の舞台やステージ、歌番組、映画、バラエティーなど、幅広い場面でかけがえのない活躍した、あらゆる分野で超越した人だった。
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第63回NHK紅白歌合戦(12年)。初出場の美輪さんは黒の衣装に、漆黒のステージで「ヨイトマケの唄」を歌った。紅白史に残る圧巻の歌唱だった。
年明け早々にインタビューを申し込んだ。真摯(しんし)に、同曲誕生について話してくれた。
52年に17歳でシャンソン喫茶「銀巴里」の専属歌手になった。シスターボーイ(女装する美少年)として注目されていった。
九州の炭鉱町で公演が決まった。炭鉱不況が始まっていた。興行の人に「どなたも見えませんよ」と言われたが、古びた会場は満員になった。「枯葉」などシャンソンを歌った。
美輪さんは「シワの中に炭じんがしみ込んで、真っ黒な顔をした方々が見てくれていた。でも、その人たちにとってはわけの分からない歌ですよ。申し訳なくて、涙が出てきた。この方たちにふさわしいものを、私がつくろうと決意したんです」と振り返った。
「ヨイトマケの唄」である。友人の母親が家族のために、土木作業の日雇いで汗を流す姿を歌った。地面を固める道具を滑車で打ち付ける際の「ヨイっと巻け!」が由来という。
美輪さんは紅白初出場について「平和ボケして、家族のありがたみを忘れた世に一石を投じたいと思った。あの炭鉱の町で歌う曲がないと思ったのと同様に、今の時代、こういう曲を歌う歌手がいなかったから」と話した。
きっと最期までそれを憂えていただろう。【笹森文彦】



