ドリフターズなどの所属事務所イザワオフィスの創業者の井澤健(いざわ・けん)さんが20日に慢性心不全のため亡くなっていたことが28日、同事務所が発表した。90歳だった。葬儀などは親族で執り行ったという。
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“芸能界のドン”の1人、井澤会長が亡くなった。井澤会長はドリフターズを育て、1979年(昭54)に渡辺プロダクション(現ワタナベエンターテインメント)からのれん分けで独立。87年に渡辺プロ創業者の渡辺晋氏が59歳の若さで亡くなると、スターの独立が相次いだ“本家”を支えて、現在の隆盛への道筋をつけた。
イザワオフィスでは芸能マネジメントだけでなく、制作会社としても業界を支えた。フジテレビ系「ドリフ大爆笑」「志村けんのバカ殿様」「志村けんのだいじょうぶだぁ」などの制作・著作はフジテレビではなくイザワオフィス。テレビ局任せにするのではなく、責任を持って制作、そしてプロモーションにも積極的に関わった。とんねるずなどの独立の際にも頼られ、強権を発することなく自然と“芸能界のドン”の1人と呼ばれるようになった。
井澤会長にお目通りがかなったのは、2019年(平31)の秋の京都。所属する俳優小泉孝太郎(48)と、その友人でもある俳優ムロツヨシ(50)のフジテレビ系「小泉孝太郎&ムロツヨシ 自由気ままに2人旅 日本の世界遺産に行ってみたSP」のロケ現場だった。京都で2人が騎手の武豊(57)と語らう現場にドンはやって来た。隣にいたのは、後にフジテレビの社長になる系列の制作会社共同テレビの港浩一社長(74)だった。
これが芸能界のドンかと思って緊張していると、なごやかに談笑してくれた。そしてプロデューサーが夜の食事や宿泊のホテルのことについて確認すると「いやいや、長く生きてるとね、たまに京都に来ると、いろいろ顔を出さなくちゃいけないところがあるんだよ。気を使わなくていいよ」と笑って、現場からサッサと立ち去った。自分がいることで、周りに気を使わせないスマートな配慮にしびれた。
長い間、おつかれまさでした。ご冥福をお祈りします。【小谷野俊哉】



