生まれた時から「スター」だった。母は新派の大看板で、昭和を代表する女優の初代水谷八重子、父は歌舞伎の名優14代目守田勘弥。幼い時に二人は別れたが、後に勘弥が養子に迎えたのが今の坂東玉三郎で、「弟」にあたる。

母の元で育った早熟の少女は、16歳の時に「水谷良重」を名乗ってデビュー。歌舞伎座の新派公演で初舞台を踏み、同じ年にジャズ歌手の仲間入りも果たした。高度経済成長期の昭和30年代に、日本画家の娘だった朝丘雪路と「七光会」を結成し、テレビ創成期のNHKドラマ「若い季節」に黒柳徹子らとともに出演。紅白歌合戦にも個人として4回も出場するなど、新進スターとして脚光を浴びた。19歳の時には人気ジャズドラム奏者白木秀雄と結婚したが、4年後に離婚。当時としては珍しい離婚会見も行い、時代を先取りするスターだった。

映画、ドラマだけでなく、草創期のミュージカル「ノーストリングス」にも出演したが、30歳で新派公演「女優」に主演したのを境に、母の後継者として新派出演が多くなった。1979年に母が亡くなった後は、波乃久里子とともに「新派の二枚看板」となり、95年に二代目水谷八重子を襲名。「滝の白糸」「佃の渡し」など新派の名作に主演し、紫綬褒章、旭日小綬章を受章するなど高い評価を受けた。しかし、演劇の多様化で歴史ある新派の公演が減る中、85歳で「東京物語」、86歳で「三婆」に主演するなど、新派を次代につなげることに精魂を傾けていた。【林尚之】