歴史的な一戦の裏側に迫る「G1ヒストリア」の第6回は、13番人気の低評価ながら大外一気で00年のマイルCSを制したアグネスデジタルをフォーカスした。ダートを主戦場としていた馬が、芝初勝利でG1勝ちの快挙を成し遂げた。22年前に同馬の手綱を取り、この1勝が騎手として最後のG1制覇となった的場均調教師(65)が、コンビを組んだ名馬に思いをはせた。

00年11月、ゴール前先行するダイタクリーヴァをアグネスデジタル(右)がとらえマイルCSを制する
00年11月、ゴール前先行するダイタクリーヴァをアグネスデジタル(右)がとらえマイルCSを制する

誰もが目を見開いた。1番人気ダイタクリーヴァを外からかわす黄金の馬体。3歳馬(当時は4歳表記)のアグネスデジタルだ。ダート重賞3勝馬が、芝のマイル王を決める一戦で頂点に立った。それまで4戦して勝てなかった芝での1勝が、G1初制覇を呼び込んだ。的場師は「マイルCS参戦については(白井寿昭元調教師)先生から電話があって、別に驚かなかった。この馬の競馬をすることだけを考えた」と明かした。「テンに行かない方が切れる脚を使えると考えた。直線を向いて残り200メートルくらいで差し切れると思った」と会心の騎乗を回顧した。

 
 

初めて実戦でまたがったのがデビュー5戦目の2歳秋。その時に一瞬でただならぬ素質を感じ取った。「雰囲気がとにかくすごかった。絶対に一流の馬になれる。でもまだ体ができていなかったから、先生に『この馬は絶対にすごい馬になります。大事にゆっくり使ってやってください』と言ったことを覚えている」。厩舎サイドは名騎手を主戦として迎え入れ、さらに強くなることを期待した。

師には騎手時代からポリシーがあった。「自分が乗った馬は、誰が乗ってもおとなしく走るように教育するのを大切にしてきた」。アグネスデジタルも例外ではない。他の騎手に迷惑がかからないように、騎乗しながら馬に教え込んだ。後に調教師試験に合格し、01年2月に現役を引退。01年1月の京都金杯(3着)がパートナーへの最後の騎乗となり、同年春から四位洋文騎手(現調教師)にバトンタッチした。「言うことのない馬。四位には『大丈夫。本当に乗りやすくて、いい子だから』とだけ」と語る。新コンビになってからは地方盛岡、東京、香港の最高峰の舞台で5度も頂点を極めた。84年のグレード制導入後、芝とダートの双方のG1を制覇したのはアグネスデジタルが初めてだった。

「自分が大物になると信じていた馬が、自分の手を離れてからも強い競馬をしてくれた。(01年の)天皇賞・秋を勝った時とかも本当にうれしかったよ」と、師はいつまでも見守っていた。マイルCSの勝利は、万能戦士としての大きな1歩目だった。【舟元祐二】

◆アグネスデジタル 1997年5月15日、米国生まれ。父クラフティプロスペクター、母チャンシースクウォー(チーフズクラウン)。牡、栗毛。馬主は渡辺孝男氏。栗東・白井寿昭厩舎。通算成績32戦12勝(うち地方8戦4勝、海外3戦1勝)。重賞10勝。Jpn1を含めG1は00年マイルCS、01年南部杯、天皇賞・秋、香港C、02年フェブラリーS、03年安田記念の6勝。03年有馬記念(9着)で引退して種牡馬入り。14年ジャパンダートダービーを制したカゼノコ、09年札幌記念を勝ったヤマニンキングリーなどを輩出。24歳の21年4月に種牡馬引退。同年12月に放牧中の事故でこの世を去った。