的場文男騎手を初めて生で見たのは、おそらく91年7月26日の大井競馬場だと思う。その日の5Rに追いかけていた1頭が川崎から初遠征。自分も初めての大井だったと記憶している。だが、追いかけていたのは同期の山崎尋美騎手(現調教師)の騎乗馬。パドックでも同馬を注視していたとあって、的場騎手の姿は写真には納めていなかった。

当時すでに大井では不動のリーディングだったが、大井以外での騎乗が極端に少なかった。91年は大井で506戦148勝を挙げながら、他場は園田の2戦を含めても43戦15勝。浦和の22戦8勝が最も多く、次いで川崎が13戦5勝、船橋は6戦2勝。いかに“大井の帝王”だったか。ただ、当時の紙面に“帝王”の表現は見当たらない。まだ30代の半ば。本紙では“大井のエース”と称されていた。

その“エース”を初めて大井で写真に納めたのは、どうやら93年10月26日。日刊スポーツで内勤のバイトを始めて2年目、もともと火曜は休みが多かったが、この日は11Rに知り合いの生産馬が出走していて現地応援。その1頭が的場騎手の手綱だった。【牛山基康】