新型コロナウイルスの影響で、経営危機に直面する地域のクラブチームも出てきた。そんな中、日本サッカー協会(JFA)は「街クラブ」への財政支援制度を設立し、現在までに総額3億5000万円を超える融資を決定している。

東京五輪世代としても期待される広島MF松本泰志(撮影・前田充、20年1月12日)
東京五輪世代としても期待される広島MF松本泰志(撮影・前田充、20年1月12日)

■3種の街クラブ出身39%

学校の部活動とは異なり、民間によるサッカークラブのことを「クラブチーム」という。そして今回、クローズアップされている「街クラブ」とは、Jリーグの下部組織(J下部)以外のクラブチームを指している。

プロサッカー選手の供給源となっているのはJ下部だが、この街クラブも負けていない。日本代表の主力選手として活躍した香川真司がFCみやぎバルセロナで中学、高校時代を過ごしたように、多くのプロ選手を輩出している。

育成の肝となっている中学生年代の「3種」でみると、2019年の日本クラブユース連盟への登録チームは1469。うち55がJクラブなので、街クラブ数は1414になる。実際にJリーガーで、街クラブ出身選手はどれくらいいるのか? 今季J1~J3の全56クラブに登録された選手(5月31日時点)で、日本人と国内出身者(外国籍でも日本育ち)の1544人の3種経歴を調査した。

2つのチームを渡り歩いた移籍選手13人、中学未経験1人、不明4人、海外所属=2人を含め、のべ1550例に及ぶ内訳はJ下部=681件(44%)、街クラブ604件(39%)、中体連249件(16%)、JFAアカデミー福島15件(1%)。予想通りJ下部が全体の44%を占めたが、街クラブも39%と高い。

出身チーム別では、最多は東京ヴェルディが48人(読売日本SC含む)。それに続くのが柏レイソル45人、ガンバ大阪44人、セレッソ大阪36人、横浜F・マリノス(日産FC、横浜F・マリノス菅田含む)35人、FC東京深川(東京ガス、FC東京ジュニアユース含む)31人、名古屋グランパス30人、浦和レッズ27人、大宮アルディージャ22人、FC東京むさし21人。

そして注目の街クラブでは、三菱養和巣鴨、横河武蔵野(横河FC含む)、クマガヤ・サッカースポーツクラブ(SC、埼玉)が11人で最多(全体で21位タイ)だった。J下部並みの環境と伝統を持つ三菱養和、横河武蔵野FCは想定内。それだけに埼玉県北部の熊谷市などを拠点とする地域クラブ、クマガヤSCの奮闘ぶりが際立っている。

■埼玉県北部の強豪クラブ

クマガヤSCは1996年(平8)の創設。日本代表で活躍するMF原口元気が所属した小学生チーム、江南南SS(江南南サッカー少年団)のある少年サッカーが盛んな地域である。その原口と同年代の選手がいた05年(平17)には、ナイキプレミアカップで全国優勝し、国際大会にも出場した実績を持っている。

OBには昨年、日本代表に招集されたMF松本泰志(20=埼玉・昌平高-サンフレッチェ広島)がおり、ここ6年連続でプロ選手を輩出している。

今季のJリーグ登録選手(11人)は松本のほかに、J1北海道コンサドーレ札幌MF金子拓郎、セレッソ大阪DF庄司朋乃也、大分GK吉田舜、J2ザスパクサツ群馬MF小島雅也、大宮アルディージャGK笠原昂史、ツエーゲン金沢FW加藤陸次樹、愛媛FC・DF茂木力也、J3いわてグルージャ盛岡DF原山海里、福島ユナイテッドFC・DF河西真、YSCC横浜DF尾身俊哉。

どんなクラブなのか? 興味を抱いて問い合わせると、クラブのOB選手で現U-13監督の江黒信介さん(34)が取材に応じてくれた。江黒さんは指導歴15年超で、日本代表となった松本を3年間ずっと指導した人物である。

クマガヤSC出身の札幌MF金子拓郎(20年2月28日)
クマガヤSC出身の札幌MF金子拓郎(20年2月28日)

■「磨きすぎない」指導法

クマガヤSCは1学年40人ほど、3学年で約120人という大所帯だ。専用グラウンドはなく、熊谷市や近隣の町の施設を使い、練習している。J下部のような人工芝でなく、土のグラウンドである。それだけに指導力が問われるところ。大事にするポイントを問うと、こう回答した。

「磨きすぎない、教えすぎない。総監督の松本ヨウスケ先生(江南南SC監督)の指導を肝に銘じてやっています。よく言われるのが、褒めるタイミングや、声をかける部分です。磨きすぎるとどんどん小さくなってしまう。とんがった角を削る程度でいい」

チャレンジ心をくすぐり、自ら考え取り組むもうとする背中を押す。そんな指導法だ。加えて体も大きくなる成長期とあって、心肺機能などフィジカル面の鍛錬にも重点を置いているという。そんな教えがその後のサッカー人生で実を結んでいる。松本についても、こう話してくれた。

「左右の両足でストレスなく正確に、きれいなボールを蹴ることができました。ボランチとして使っていましたが、縦につなげるクサビのパスのタイミング、入れ方には、オッと思わせるものがありました。キャプテンとして先頭に立ってチームを引っ張る子でしたね。ただ、高校出てすぐプロになれるとか、ましてや日本代表までいくとは考えていませんでした。その学年は強い代ではありませんでしたから。でも彼の持つサッカーへのひたむきさ、取り組む意識の高さが、今につながったと思います」

U-23日本代表でもプレーしたクマガヤSC出身の庄司朋乃也(18年1月16日)
U-23日本代表でもプレーしたクマガヤSC出身の庄司朋乃也(18年1月16日)

■2カ月間の自粛経て再開

新型コロナの感染拡大に伴い、4月以降、クラブは2カ月以上も活動の自粛を余儀なくされた。6月9日にようやく、練習を再開した。幸いにもクラブ運営に大きな影響は出ておらず、JFAの財政支援制度には申し込んでいないという。それでも「協会のこういう支援策は本当にありがたいです。街クラブの活動を評価していただいているということなので、その思いに感謝したい」と話す。

コロナ禍で今年の中学3年生は公式戦の見通しが立たない。夏のクラブユース選手権は中止となり、目標を見いだしづらい。指導者として苦しい思いが募る。試合はなくても「進路」という大きな仕事も待っている。ただ、クマガヤSCの育成力を高く評価する強豪高校やJ下部は多く、練習再開と同時にグラウンドには複数のスカウトが足を運んでいるという。

「OBが頑張ってくれているおかげで、多くのつながりができました。小学生年代でJ下部から声がかかっても、クマガヤを選択する子がいます。それだけに高校年代へ進む時には、より多くの選択肢を与えられると自信を持って我々は言っています。実際、J下部からも“中学時代はクマガヤで鍛えてもらって、その後ウチに”とまで言ってくれるところもあります」

謙虚な物言いの中にも、指導者としての矜恃(きょうじ)が見えた。あらためて、育成に大事なこととは? そう問うと、こう返ってきた。

「情熱と愛情です。我々は時間を惜しんで選手と向き合っています」

■目配りこそ指導者の役目

昔、ある指導者から聞いた言葉を思い出した。

「サッカーの育成とは、花などの植物を育てるのと同じ。肥料はやりすぎてもダメ、日差しが強ければ調整する。植物は自ら成長するもの。それを阻害しないよう目配りすることこそ、我々指導者の役目なのです」

街クラブとは、日本サッカー界を下支えする必要不可欠な存在である。情熱と愛情にあふれる指導者の下、スクスクと伸びるケースは多い。JFAが迅速に実行した融資策の背景には、こうした守るべき価値がある。その未来とはプライスレスであろう。

100年に一度のパンデミックの中、JFAが掲げる「サッカーファミリー」という言葉をかみしめた。【佐藤隆志】

(ニッカンスポーツコム/サッカーコラム「サカバカ日誌」)