日本代表として3大会連続でワールドカップ(W杯)に出場したFW本田圭佑(33=ボタフォゴ)は、強烈なリーダーシップを発揮しながら世界の頂点を目指してきました。時には言葉で仲間や、世論を動かしながら「W杯優勝」を公言。日刊スポーツでは密着取材を続けてきた元番記者が「本田の名言 トップ10」を独断と偏見で選出。その発言の背景を振り返ります。第5回は6位。今から10年前、まだ代表に定着していなかった頃の言葉です。

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「Depend on me(オレに依存しろ)」

ジブラルタル海峡を望むスペイン南部の街マルベージャ。2010年2月、CSKSモスクワに移籍したばかりの本田は、その地であった合宿に参加していた。

ちょうど同じ時期、日本代表は東アジア選手権を戦っていた。その初戦(同年2月6日)で中国と対戦。相手はW杯最終予選にさえ進めなかった格下のはずが、まさか0-0の引き分けに終わっていた。その頃の岡田ジャパンはチームの基盤が定まらず、続く香港には3-0で勝利したものの、韓国には1-3で敗戦。自国開催の大会を3位で終えた。

日本から遠いスペインで、代表の歯車がかみ合っていないことを伝え聞いた時、本田は少し考えた後に言葉をつないだ。

「やっていることに間違いはないと思うんです。ネガティブに考える必要もない。ただ、個人が集まって組織ができる。自分と代表のいいところを合わせてプレーすればいいんじゃないですか。僕はチーム(代表)に合わせますよ。でも、時にはチームが僕に合わせることも必要じゃないんですかね」

ちょうどスタジアムの出入り口付近で、強い日差しを受けながらそう話していた。近くの街路樹に、オレンジの実が成っていた。

10年W杯南アフリカ大会は4カ月後に迫っていたが、まだメンバー入りも当確とはいえない状況だった。それを知っていたからこそ「僕はレギュラーなんて確定していないから。でも僕は何も変わらない。常にアピールするしかない」

熱く話していると、チームのバスから仲間が顔を出した。誰かが「ホンダ~」と呼ぶ。

そろそろ出発の時間が迫っているようだった。バスに乗り込みながら本田は振り返り、こう言った。

「Depend on 」…

その瞬間、近くの海から強い風が吹いた。風の音でよく聞こえなかったが、彼の口元は、確かに「me」という音を発していた。(つづく)